繰り返される愚行への本人の驚くべき見解
「ルイス・スアレス」
この名前を聞いて、世間の人々が連想するものを考えてみる。
ウルグアイの裏通りでボールを蹴っている子供を、そのまま大きくしたような顔立ちを思いだす人もいれば、少ないチャンスを確実に得点につなげてみせる天才ストライカーとしての姿を想起するファンもいるだろう。はたまたご婦人方の中には、骨付き肉を見つけた猫の如く、敵の選手にむしゃぶりつくシーンに衝撃を受けたと告白される方もいるかもしれない。
スアレスとは、かくも多くの顔を持っている。その意味においては、むしろ「スーパースター」ではなく、マラドーナに一脈通じる「トリックスター」に区分することも可能だ。
まず才能の豊かさについては、改めて説明するまでもないだろう。
たとえばリバプールに所属していた昨シーズン、スアレスはプレミアの33試合に出場し31ゴールを記録。これは07~08シーズン、マンチェスター・ユナイテッドでクリスティアーノ・ロナウドが残した実績に匹敵する。スティーブン・ジェラードなどはリバプールやイングランド代表で共にプレーした面々、ロビー・ファウラー、アラン・シアラー、マイケル・オーウェン、フェルナンド・トーレス、そしてウェイン・ルーニーと比べた上で、スアレスは頭抜けていたと断言している。
ところが、これほど高い能力を持つ選手が、ピッチ上で3度も噛み付きを演じたのだから始末が悪い。相手のシュートを両手でクリアーするような真似も褒められたものではないが、他人に噛み付くという行為は、文明社会からの乖離さえ感じさせる。ポール・ガスコインが無謀なタックルを仕掛けて自爆したり、パオロ・ディ・カーニオが審判を突き飛ばしたのとはわけが違う。常識からのずれ方を基準にするなら、エリック・カントナのカンフーキック並に異様な振る舞いだった。
もちろんスアレスにも、言い分がないわけではない。曰く。
「噛み付かれた相手への危害は微々たるもので、危険なタックルが与え得るダメージとは比較することすらできない」「多くの人が噛み付き行為に嫌悪感を抱いていることは承知している。だけど、実際には無害に近い行為なんだ」
と同時に本人は、ピッチ上での闘争心が弱まってしまうのを危惧して、心理カウンセリングを受けなかったことや、ストレスを抱え込みやすい性分も告白している。とはいえアヤックスやリバプールの試合においてだけでなく、母国の名誉がかかった大一番、昨年のW杯ブラジル大会でも愚行を繰り返したのは予想外だった。
最近は感情をコントロールする術を学びつつあるというが、どこまで当てにできるのか。そもそもサッカーの試合が行われている最中に、どうして相手を噛もうなどと咄嗟に思ってしまうのか。スアレスの深層心理を探るのは、ハンニバル・レクターの人物研究ばりに面白そうだということで、本書を手にされる方も多いのではないかと思う。