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サッカー本大賞2025優秀作品全品の選評を紹介!

text by 編集部 photo by Reoko Buma

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サッカー本大賞2025選評


【写真:武馬怜子】

 12回目を迎えた「サッカー本大賞2025」贈賞式が3月10日(月)、カンゼンのオフィスで開催され、優秀作品の表彰と各賞の発表が行われた。
 

 2024年に出版された多くのサッカー本から選ばれた7作品の選評を一挙公開。あなたの読みたい一冊がきっと見つかる!

大賞

『ひとでなし』(文藝春秋)
星野智幸(著)

 2003年にこの賞があったら大賞確実だったのに……。

 予定調和的なサッカー小説がほとんどの現状を嘆くたびにせり上がるのが星野氏による『ファンタジスタ』。その圧倒的とも言える存在感が思い起こされるのでした。

 表題作「ファンタジスタ」は、サッカー界のカリスマが日本の最高権力者になるまでの数日間を描く傑作中編。愉快で残酷な言葉の力を駆使して人びとの「選択肢(態度決定)」に洞察をめぐらせるという点で今次の長編小説『ひとでなし』とも共通するところがあります。
 
 選考プロセスで各委員から期せずして出てきたのが次のような感想です。「主人公鬼村樹(イツキ&ニッキ)が小5時代の76年から始まる半自伝的なこの作品をサッカー本の範疇に押し込めるのはちょっと無理かな~。でもそう思いながら読み進むと、あ、やっぱり、大丈夫! の繰り返しだった」という同じ思い。
 
 じっくり深くの読書体験がない人には長くて難解かもしれませんが、男性中心主義の限界を解き放つ「ひとでなし」の探求と転機の検証がこの本の大きな魅力となっています。帯にある「人間は自分たちが/思っているほど/人間ではない」の惹句と、わずかばかりの道具とルールで闘われるフットボール部族との親和性についても考えさせられます。

(佐山)

 小説を「サッカー本」に選ぶのは勇気が要る。小説家が自身の伝記的事実を投げ込んでまでして、描きたかったこと(それは個人史で語れば済むというレベルの話ではなく)は、おそらくサッカーの話とは別のところにある。

 一言では言い尽くせないので、小説を読むことが日常生活の中にない人びとにも、ぜったいこの小説を読んで欲しい。

 大部なので、最後まで行きつくのは大変だとは思うが。では、サッカーは添え物か、というと、まったくそんなことはない。

 星野の、女子サッカーへの思いは、その世界をある種のユートピアとして描けば描くほど、現実の、私たちの住む世界の汚辱が逆照射される、という構図になっている。

 素朴なことを書けば、サッカーは蹴る人びとだけではなく、それを観る人びとにも等しく、歓待の掟を配るものではないのか。誰かを排除するのではなく、ボールを蹴る人間の平等性の輪のなかに入ること。

 この小説のいちばん最後のあたり、世界中に散った登場人物たちがパス交換するシーンがある。あの平等の輪の箇所を読んで、ぐっと来ない人間などいないのである。

(陣野)

大賞

『流浪の英雄たち シャフタール・ドネツクはサッカーをやめない』(カンゼン)
アンディ・ブラッセル(著)、高野鉄平(訳)

「自分の態度を決めるに至る言葉の作業が批評である」と言った先人がいますが、この間の政治的無関心、無批評ぶりは目に余ります。

 沈黙は加担に等しい、しかし世界を翻弄し続けるプーチン・ロシアの極悪非道に対してわたしたちにまず出来ることは高野鉄平氏の労訳によるアンディ・ブラッセル『流浪の英雄たち』を読むことぐらい。世界劇場に生きるサッカー大衆だけはいつも感度鋭くあって欲しいものですが。

 旧ソ連時代の1936年に設立されたシャフタール・ドネツクはディナモ・キーウと並ぶヨーロッパの強豪。本書でとりわけ胸が痛むのは、第5章「ドンバスの建設」です。
 
 2004年に描いた夢が09年に実り、12年にはウクライナ・ポーランドの2カ国開催による EURO2012が開幕。チャンピオンズ・リーグを迎えた最初の2010ー11シーズンでは名将ルチェスクの下、アーセナル、ローマを撃破しました。

 しかし2014年に街を追われ、そのドンバス・アリーナ=「公園内の宝石」までもが収奪されています。そして現在もなおタイトル通りの流浪の日々が続いて……。

 断固とした立ち位置で書かれた名門フットボール・クラブの悲劇と希望への道。本書を一行で表せば、そうなります。クラブの歴史が老独裁者に盗まれるというあってはならない現実を伝えてくれた本書を強く推します。

(佐山)

 この本は「サッカー本大賞」の大賞受賞作ではあるが、地政学の本でもあり、歴史の本でもあり、戦争を描いた秀逸なノンフィクションでもある。

 2022年2月から始まったロシア軍によるウクライナ侵攻は、第二次トランプ政権の誕生により日々その混沌とした度合を増しているように見える。が、2025年3月の現在から11年も前にロシアの実効支配が始まったドンバスの地から、シャフタール・ドネツクという栄光あるクラブチームは流浪を強いられていた。

 サポーターや選手に歓喜をもたらした現代的なドンバス・アリーナの中には何トンもの物資が運び込まれ、食料配給を受ける市民の長蛇の列が選手たちのゴールシーンの写真に見向きもせずに、下を向いて並ぶ。
 
 本書は、戦争がサッカーにもたらす実際的な悲劇を多角的に論じながらも、それでも本拠地を動かし続け、サッカーをやめないシャフタール・ドネツクというクラブの誇りと熱を伝える。

 そして、衛星放送を通じてピッチ上のゲームだけを、スマートフォンでそのハイライトだけを視ている者が、彼らの痛みを決して知ることができないことも教えてくれる。

(幅)

特別賞

『横浜フリューゲルスはなぜ消滅しなければならなかったのか』(カンゼン)
田崎健太(著)

 いまどうしてフリューゲルスの消滅の「劇」を描かなければならないのか、という問いはたしかにあるだろう。

 少なくない分量の文章を読んでいっても、会社の経営判断の過ちが幾つか重なって、結局消えてしまった、という、あえて言うが、地味な事実が浮かび上がってくるだけかもしれない。だが、現実とはそのようなものではないか。

 人目を引くような転換点など、本当はない。だからこそ本書が必要だったと思う。

 いちばん心を動かされたのは、合併の話が秘密裡に進み、選手たちのあいだにも噂として届く段階になっても、嘘をつき続けなければならなかった登場人物たちの葛藤である。

 どのような合併劇でも、たぶん事態を動かしているキーマンたちの心のなかは最後までわからない。でもわからないなりに、筆者は迫ろうとしている。そこが肝だと思った。特別賞に選んだ所以である。

(陣野)

翻訳サッカー本大賞・読者賞

『不屈の魂 アフリカとサッカー』(東洋館出版社)
アルベルト・エジョゴ=ウォノ(著)、江間慎一郎、山路琢也(訳)、中町公祐(解説)

 マリ、カメルーン、コンゴ民主共和国、セネガル…目次にならぶ国名に気持ちがアガる。アフリカの14の国のサッカー史をふりかえる貴重な本だ。

 語られるエピソードの濃さがたまらない。試合までにユニフォームが届かない、と思ったら選手の数も足りていない。

 選手たちを運ぶバスを武装勢力が襲う。移動のために飛行機に乗れば、客席で鶏が鳴いている。独裁者、部族間対立、テロ組織、賃金未払い、呪術師、おもしろいニックネーム…。

 欧州サッカーや日本サッカーとはまったくちがう地平にある、アフリカサッカーのリアルがてんこもり。背後に、奴隷貿易から植民地支配までアフリカが世界から踏みつけにされてきた歴史が見え隠れする。

 著者はバルセロナで生まれ育ち、父親の母国・赤道ギニアの代表選手になった経歴をもつ。彼の個人的な体験をつづったコラムもまた「なんだそりゃ」の連続。

 さらに横浜F・マリノスからザンビアリーグへ、異色の移籍を果たした中町公祐氏の解説もとても味わい深く、読み応えたっぷり。

(金井)

優秀作品賞

『ミケル・アルテタ アーセナルの革新と挑戦』(平凡社)
チャールズ・ワッツ(著)、 結城康平、山中拓磨(訳)

 ひとつのクラブチームが、大きな岐路を迎え、どん底まで落ち、そして再生してゆく過程を描いたノンフィクションがこの本である。

 その物語の主人公が、現在もアーセナルで監督を務めるミケル・アルテタ。

 監督キャリアのないまま始めたビッグクラブのマネージャー職の紆余曲折は、必要以上に複雑に絡んでいた糸を解きほぐし、自身の信念を実直に選手やサポーターに伝え、一方で「妥協できないポイント」に関しては厳しく周りにも求めるマネジメント論としても読める。

 オーバメヤンやエジルといったスター選手との向き合い方について、エメリにはできず、アルテタにはできた決断とは何か? 失われたサポーターとの繋がりを取り戻し、勝っても負けても誇らしいチームが戻ってきたのは何故か? 全部、この本に書いてある。

 本書が少しだけ残念なのは、まだアルテタがビッグタイトルの獲得という大きな仕事を成し遂げていないところ。結果が最重要なプロスポーツクラブの物語としては、そのケーキに苺を乗せて欲しい。そこまで出版を待つことはできなかったのか? そこまで遠い未来の話ではないと、客観的に見ても思うのだが…。

(幅)

『サッカー・グラニーズ ボールを蹴って人生を切りひらいた南アフリカのおばあちゃんたちの物語』(平凡社)
ジーン・ダフィー(著)、実川元子(訳)

 世界にはいろんなサッカーチームがある。障害者のチーム、先住民のチーム、難民のチーム。サッカーを入り口に、わたしたちは社会を知ることができる。

 さて本書で描かれるのは、南アフリカのおばあちゃんたちのサッカーチーム。「あたしは83歳で心臓発作をもう6回もやっちゃったけれどね」と笑いながらボールを蹴るおばあちゃん、最高だ。彼女たちに連帯するため、アメリカのシニア女子チームのメンバーが奔走する顛末が綴られる。

 アパルトヘイトを経験し、女は学校に行くなと言われ、働き詰めに働いた人生の最終盤にサッカーと出会い、仲間と出会い、広い世界と出会った女性たちの個々のエピソードに胸が打たれる。

「ばあさんは家で孫の世話をしていろ」「短いパンツをはいて走り回るなんてみっともない」なーんて言われても、一度サッカーの楽しみを知ってしまった人はもう後戻りできない。著者のジーン・ダフィー氏も訳者の実川元子氏もボールを蹴る女性。この本のすみずみまでサッカー愛が詰まっているのは、きっとそのせいだろう。

(金井)

『あの夏のクライフ同盟』(幻冬舎)
増山実(著)

 ワシントン・ディプロマッツ時代のヨハン・クライフ(1947-2016)が来日したのは1980年11月。フライング・ダッチマン33歳の頃でした。1-0で日本代表に勝った第1戦は福岡平和台競技場。

 本作には使われなかったそんな史実とバルセロナの自宅に取材に出かけたことをつい思い出してしまいました。ついでにもう一つ甦ったのが、自分が関西の作家好きであったこと。藤本義一、田辺聖子、筒井康隆といった名前が華やかな作風と共に泛んできます。

 著者・増山氏の作品では70年代京都・河原町の有名なホームレスを描いた『ジュリーの世界』とハートウォーミングな連作短編集『今夜、喫茶マチカネで』を読んだことがあります。氏もまたそうした中間小説作家の系譜に連なる大阪生まれの作家です。

 本作は中学生4人組が放送地域外の福岡から74年ワールドカップ決勝の「日本初生中継」を観るために自転車を走らせるロードノベル。

 スティーヴン・キング原作の映画『スタンド・バイ・ミー』は死体探しでしたが、北九州の中学生が探すのは動くクライフの雄姿。

 ジョージ・ルーカス監督の『アメリカン・グラフィティ』も同様ですが、エピローグで4人のその後の人生をどう描くかが勝負どころ。陰影というあたりで物足りなさが残った理由は、当時の日本が平和すぎたからかもしれません。

(佐山)

選考委員 (五十音順、敬称略)

金井真紀(かない・まき)
1974年生まれ。文筆家・イラストレーター。任務は「多様性をおもしろがること」。著書に『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『サッカーことばランド』(ころから)、『世界はフムフムで満ちている』(ちくま文庫)、『聞き書き世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』(カンゼン)、『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)、『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った 世界ことわざ紀行』(岩波書店)など。

佐山一郎(さやま・いちろう)
作家、編集者。アンディ・ウォーホルズ『Interview』誌と独占契約を結んでいた『Studio Voice』編集長を経て84年、独立。主著書に『東京ファッション・ビート』(新潮カラー文庫)、『「私立」の仕事』(筑摩書房)、『闘技場の人』(河出書房新社)、『サッカー細見 ’98~’99』(晶文社)、『デザインと人』(マーブルトロン)、『雑誌的人間』(リトル・モア)、『VANから遠く離れて −評伝石津謙介−』(岩波書店)、『夢想するサッカー狂の書斎 −ぼくの採点表から−』(カンゼン)、『日本サッカー辛航紀 愛と憎しみの100年史』(光文社新書)。Instagram: @sayamabar

陣野俊史(じんの・としふみ)
1961年生まれ。文芸評論家、フランス語圏文学者。長崎生まれ。サッカー関連の著書に『フットボール・エクスプロージョン!』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)、『サッカーと人種差別』(文春新書)、翻訳書に『ジダン』(共訳、白水社)、『フーリガンの社会学』(共訳、文庫クセジュ)など。

幅允孝(はば・よしたか)
有限会社BACH代表。ブックディレクター。
人と本の距離を縮めるため、公共図書館を中心に病院や学校、ホテル、企業ライブラリーの制作をしている。代表的な仕事として、「こども本の森 中之島」のディレクションや「神奈川県立図書館」再整備監修など。近年は本をリソースにした企画・編集・展覧会のキュレーションなども手掛け多岐にわたる。京都「鈍考/喫茶芳」主宰。

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【了】

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