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Jリーグ 9時間前

サッカークラブと地域をつなぐプロ人材。「困った時は横浜F・マリノスを頼ろう」そんな存在になるための“きっかけ作り”とは

シリーズ:コラム text by 舞野隼大 photo by 編集部

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 サッカークラブには監督や選手の他にも多くのクラブスタッフが存在する。横浜F・マリノス(以下、F・マリノス)で働く服部哲也さんは、10年間続けたスクールコーチという現場の舞台から、ある思いを持ってホームタウン活動を担当する部署に異動した。サッカークラブと地域の関わりにどのような可能性を見出したのか? テーマは“きっかけ作り”だと言う。(取材・文:舞野隼大)

人とのつながりがあったから、F・マリノスに入れた

服部哲也
【写真:編集部 ホームタウン活動を担当する部署で働く服部哲也さん】

──まずは、F・マリノスのスクールコーチに就くことになったきっかけからお伺いしたいです。

「F・マリノスに携われているのは、人とのつながりや運に助けられたからだと思っています。静岡産業大学に通いながら、授業の一環で指導者のC級ラインセンスも取得していました。出身は埼玉県なので、就職活動では都内で働ける職場を探していて不動産関係の会社から大学4年生の5月頃には内定をもらっていましたが、『サッカーに携わる仕事がしたいな』という思いを捨てきれずにいたんです。

 そこで夏に内定をお断りしてサッカークラブで働く道を模索していたら、高校の2学年上の先輩で今はトップチームの副務を務めている徳永(大義)さんがF・マリノスで働いているということを耳にして、『F・マリノスでコーチとして働けないか』と相談したところ、当時スクール全体の統括を務めていた望月選さんに話をしてくれました」

──それでF・マリノスに関わるようになられたんですね。

「はい。2007年10月頃からインターンのような感じで、週1,2回スクールに携わりました。望月さんは静岡学園高等学校出身で、そして私が通っていた静岡産業大学も静岡学園系列の大学で、望月さんと大学のサッカー部の総監督はもともとつながりがありました。そこで大学4年の10月末からスクールのサポートに携わり始めて、2日間ほどスクールに参加したら静岡に一旦戻って、また数週間後に横浜へ行くということを繰り返している中で卒業後にマリノスサッカースクールのコーチとして働かせてもらえることになりました」

──同期でスクールコーチになられた方の中には、服部さんと同じように4年制の大学を卒業されたケースがほとんどですか?

「同期のスクールコーチで言えば、4年制の大学を出たのは僕だけでした。日本工学院専門学校から3人、横浜YMCAスポーツ専門学校から3人、東京スポーツ・レクリエーション専門学校から1人が、同期でスクールコーチとなりました。現在トップチームの主務を務めている慎(山崎慎さん)も、その中の一人でした」

──服部さんと同じように4年制の大学出身でサッカークラブで働きたい方へアドバイスをするならば、どんなことを伝えますか?

「僕の経験で言えば、自ら積極的にいろいろな人とつながろうとすること、そして、そのつながった人たちを大切にすることですね。だからこそ僕も、大学時代まで接点がなかった横浜という街にあるサッカークラブで働くことができたと思っています。あとは、自分が好きなことを一生懸命頑張り続けること。私がF・マリノスに入れたのは運やタイミングが良かったと思っていますが、『運も実力のうち』と言いますし、夢や目標に向かって取り組み続けることで運も掴めるのではないのかなと思います」

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