フットボール批評オンライン特集記事
スペイン人のダニエル・ポヤトス監督を招聘し、2023シーズンの明治安田生命J1リーグを戦ったガンバ大阪は16位に低迷。ホーム最終戦ではクラブに向けサポーターから厳しいブーイングが浴びせられた。新たなサッカーを求めたガンバの決断は間違いだったのか。今シーズンの総括を前後編に分けてお届けする。今回は後編。(取材・文:下薗昌記/本文3340字)※全文を読むには記事の購入が必要になります。
ダニエル・ポヤトス監督の誤算
スペイン語で「インサイドハーフ」を意味するインテリオールを託された宇佐美貴史は開幕戦こそ、らしい一撃でゴールを奪ったものの「2桁得点を狙っていきたいし、アシストや得点の2つ前、3つ前の起点とか自分のところから派生していくようにしたいし、プラスアルファ僕のところでも点を取れるようにしたい」という意気込みもむなしく、攻撃面で本来の輝きを見せきれず。中盤に不可欠な守備の強度にも課題を見せ、シーズンを通じて低調だったのも、ダニエル・ポヤトス監督にとっての誤算だったはずだ。
そして、「エストレーモ・プーロ(生粋のウイング)」が台頭してこない現状もあって、チームは5月20日の横浜F・マリノス戦で実に28年ぶりとなるリーグ戦5連敗を喫し、最下位に転落する。試合前には一部ゴール裏のサポーターが応援をボイコット。一部サポーターと話し合った宇佐美は涙を流し「絶対に見捨てない、と言ってもらった。それはすごくありがたい言葉でした」と殊勝に振り返ったが、0対2で敗れたこの一戦にその後の巻き返しの予兆が現れていた。
宇佐美が先発したこの一戦でウイングで起用されたのはベテランの倉田秋。ファン・アラーノとともに高い位置からプレスを敢行しただけでなく、純然たるウイングの役割ではなく、より中央のポジションでプレーし始めたことが、チームの歯車を噛み合わせたのだ。
敗戦後にもかかわらず、最後尾からチームを見る守護神、東口順昭はこんな「予言」を口にした。
反転攻勢のきっかけは「今までとは順番が逆」の発想
【写真:Getty Images】
「前からプレスをして、相手が出てこられなくなったら、ボールを繋げばいい。今まではちょっと順番が逆だったと思う。今日みたいなサッカーをしていけば結果は出る」。
シーズン序盤は、負傷を抱えながらプレーしていたイッサム・ジェバリが本来のコンディションを取り戻し、最前線の橋頭堡として機能。シーズン序盤のウイングの役割と異なり、ジェバリの近くでプレーする倉田が攻守で機能したことで「私の本当の理想は、DFラインの背後を付ける生粋のウイング。でも相手が引いた時に中央に入ってくるウイングが必要だし、そうなると誰がサイドでスペースを持つかというとサイドバックになる」(ポヤトス監督)。
ウイングの役割が微修正されたことで、シーズン序盤には攻め上がりの自重を求められていた黒川圭介も見違える動きを見せる。アルビレックス新潟戦で今季2勝目を手にしたガンバ大阪は、それまでの不振が嘘のように巻き返しを開始した。
近年のガンバ大阪になかった最前線で起点となるジェバリは、ポヤトス監督にとっても理想の背番号9で「ジェバリのようなタイプが一番理想。彼と契約するチャンスがあると聞いたので迷いなく『行こう』とクラブとは話をした」と獲得の経緯を明かした指揮官だが、新潟戦の勝利を皮切りに7勝1分というハイペースで勝ち点を積み上げるのだ。
見逃せないのは躍進を支えた「外国籍カルテット」の存在である。とりわけ、ウイングで守備の強度を出しながらも、カウンターでも抜群の走力と決定力を見せたアラーノは、決定力が課題だった鹿島アントラーズ時代とは別人のように攻撃を牽引。チーム最多の7得点、アシストもチーム最多タイの4を記録し、今季のチームのMVP的存在として存在感を見せつける。
シーズンを通じて9つの勝利しか手にしていないガンバ大阪だが、鹿島アントラーズに2対1で快勝した一戦や、近年「天敵」としてきた川崎フロンターレに敵地で4対3で勝ち切った内容はまさに「攻守両面で支配するサッカー」。また1対1のドローに終わったものの8月に行われたアウェイのサガン鳥栖戦も、前半からガンバ大阪が狙い通りの形で圧倒。夏場に見せた好調さについて、山本悠樹も「プレーしている僕たち選手からすると、負ける気がしなかったし、上手くハマって来ると手がつけられなくなるっていうのは見せられたと思う」と胸を張った。
長いトンネルから抜け出し、「攻撃サッカーの復権」という目的地に向けて順調に走っていたはずのポヤトス・ガンバだったが、シーズン終盤は今季の限界と、指揮官の課題を露呈。結果的にシーズン序盤の5連敗以下となる7連敗を喫することになる。
勝てたはずの試合を落とし続けた原因
【写真:Getty Images】
序盤の失点の多くがビルドアップのミスや、新たなスタイルに適応しようとするが故のミス、いわば「向こう傷」だったが、シーズン終盤は守備陣の個の力の脆さや「1点を取られるとガクンと落ちてしまう」(山本)メンタル面の甘さで勝てたはずの試合を落とし続けるのだ。
選手層に対する悩みは指揮官が口にしたスペインのサッカー界で用いられるという例えにはっきりと表れている。「マンタ・クルタ(短い毛布)」である。「短い毛布で、顔を隠したら足が出てしまうし、足を隠したら顔が出てしまう」とポヤトス監督は言う。
ジェバリは起点としては機能するが純然たるフィニッシャーではなく、計5得点は物足りないの一言。またラヴィもボール奪取力と持ち運ぶ力には長けるがアンカーとしては守備のアジリティに難を残した。
そして徳島ヴォルティス時代から指導を受ける福岡将太は、今季レギュラー格として最終ラインを支えたが、ビルドアップのセンスではCB陣で最も光るものを持ちながら、局地戦の守備に課題を残していた。
シーズン終盤を7連敗で終え、結果的にリーグワーストタイとなる失点を献上した守備陣だが、組織的な欠陥を持っていたわけではなく、エアポケットに落ち込んだような失点や、単純な競り負けで与えた失点がゲームプランを壊したり、試合展開を崩したりしたのが現実である。
「僕はいつも通りガンバのスタイルを貫く。ダニエル・ポヤトスがいる限りは点を取られることを気にするより、常に先に点を取りに行くことを念頭に置きたい」と守備的な戦い方を否定していたにも関わらず、シーズン終盤は5バックに近い3バックを採用したのも、最終ラインの個の耐久力に不安を抱えていたからである。
もっとも、ポヤトス監督も課題を露呈した。
智将か愚将か。ポヤトスが見せた2つの顔
【写真:Getty Images】
前述したホームの鹿島戦などのように確かなスカウティングを元にゲームプランがハマる試合は見事な内容を見せるものの、後手を踏んだり、劣勢の展開で修正が遅れたり、交代でのテコ入れが遅いのだ。
データは雄弁だ。今季、75分以降の得点はわずかに2。シーズンを通じてキレを保っていた山見大登は少なくとも後半のカードとして有効な存在だったが、守備の強度に不満を持つポヤトス監督は最後まで有効活用しきれなかった。
母国では育成年代の指導にも長けるポヤトス監督は「教育者」的な一面を強く持つ指導者であるが、8年連続で無冠が続くガンバ大阪にタイトルをもたらす上で、「勝負師」になることも不可欠だ。ヴィッセル神戸に敗れ、シーズンを終えた直後の記者会見で来季に向けて必要な要素を聞かれたスペイン人指揮官はこう言った。
「やはり、来季に向けての私たちのサッカースタイルに合う選手選考というのが非常に大事になってくる。それもポジションごとにしっかりと、私たちのアイデア、プレーモデルに合う選手がしっかりと来るというところが非常に大事」。
ポヤトス監督を招聘した中口雅史強化部長は今季限りでクラブを離れたが、今季のベースを残しながらも、ポヤトス監督が夏場に求めていた外国人ウイングや、イスラエル代表の活動によりフル稼働が微妙なラヴィの代役を務められるアンカー、更にはCBなど補強を要するポジションは数多い。「マンタ・クルタ」ではなく、確固たる武器を持ち、ポヤトス監督に戦力的な言い訳をさせない補強は不可欠なのだ。さもなくば3年連続の残留争いに身を投じる可能性も十分あるだろう。レギュレーションに救われた今季と異なり、来季は20チーム中3チームがJ2に自動降格するのだから。
狙い通りのサッカーで強敵を打ち破った智将なのか、持ち駒不足に後手を踏み7連敗を喫した愚将なのか――。ポヤトス監督は就任1年目、2つの顔を覗かせた。指揮官が蒔いたかもしれない「攻撃サッカーの種」が開花するか否かは、新たに就任する強化部長やGMを含めたクラブのバックアップ次第である。
(取材・文:下薗昌記)
【了】