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ウーデゴール、苦悩と歓喜の9年間。アーセナルでベンゲルが欲しかった15歳がアルテタの下で覚醒するまで【コラム】

シリーズ:フットボール批評オンライン text by 山中拓磨 photo by Getty Images

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19年ぶりのプレミアリーグ制覇こそ届かなかったが、長く停滞していたアーセナルはミケル・アルテタ監督の下で見事な復活を果たした。24歳となったウーデゴールはその輪の中心にいる。若くして神童と呼ばれた若者は、いかにしてその才能を開花させたのか。苦悩、焦燥、歓喜が複雑に交錯する9年間を9000字超で振り返る。(文:山中拓磨/本文9441字)※全文を読むには記事の購入が必要となります。

ワールドクラスとして認められたウーデゴール

アーセナルでキャプテンを務めるマルティン・ウーデゴール
【写真:Getty Images】

 伝説的な監督であるアーセン・ベンゲルの退任以降、欧州コンペティションの出場権すら逃すシーズンもあるなど低迷が続いていたロンドンの名門アーセナルだが、今季はついに2位へと返り咲き、惜しくもシーズン最終盤にタイトル争いに敗れこそしたものの、その復活を強く印象付けたシーズンとなった。

 元クラブキャプテンでもある新進気鋭の若手監督ミケル・アルテタのもとスカッドの刷新を行い、新たに若く生まれ変わったチームには最終ラインから中盤、前線まで、多くの魅力的なタレントが揃っている。中でも今季のアーセナルの躍進の原動力となった選手の一人が今季からキャプテンに任命され、チームを率いているマルティン・ウーデゴールだ。

 もともとその天才的なプレーメイカーとしてのポテンシャルを疑う者はいなかったが、今季はそこに得点力も加わり、プレミアリーグではけがで欠場した1試合を除いて37試合に先発出場、15ゴール8アシストとチームトップの得点数を記録、ワンランク上の選手へとステップアップを果たした。

 その活躍が認められ、アーセナルのユースアカデミー出身で現チームのタリスマン的存在であるブカヨ・サカと並んで今季のプレミアリーグ最優秀選手候補にも選出されている。以前から海外サッカーに興味を持っている方であれば、今季のウーデゴールの活躍を見て『ついに来たか』という感想を抱いたかもしれない。

 今季ついにワールドクラスのMFとしての評価を確立したウーデゴールだが、彼のここに至るまでのキャリアは平たんなものではなかった。

神童が味わった苦悩と焦燥

 今から遡ること9年前、2014年の時点でマルティン・ウーデゴールという名前自体は既に世界中のサッカー界に広く知られていた。

 ノルウェーの首都オスロの南西に位置する人口10万人ほどの街ドラメンに生まれたウーデゴールは、地元を本拠地とするストレームスゴトセトIFでなんと15歳という若さでプロデビューを果たす。ノルウェーリーグの史上最年少出場記録や得点記録を更新するだけに留まらず、同年中にはノルウェーA代表にも招集されてユーロ(欧州選手権)予選に出場し、同予選の最年少出場記録を約30年ぶりに破ることにもなった。

 このシーズン、ウーデゴールはその若さでリーグ戦23試合で5ゴール7アシストという好成績を残している。このような才能あふれる逸材を欧州のトップクラブが放っておくはずがなかった。

 実際に2014/15シーズンの冬の移籍市場では実に多くのトップクラブが彼の獲得を目指して動いており、ウーデゴールの名前は頻繁に欧州中の紙面を騒がせていた。

 彼は次の移籍先を決めるためにマンチェスター・ユナイテッドやバイエルン・ミュンヘンをはじめとするヨーロッパ中の名門クラブの練習にツアーのような形で参加し、リバプールを訪れた際にはスティーブン・ジェラードが直々に施設を案内したりと、各クラブがこのノルウェーの神童の歓心を買おうとそれぞれ手を尽くしていたようだ。

運命の悪戯。スペイン上陸と武者修行

レアル・マドリードと契約したマルティン・ウーデゴール
【写真:Getty Images】

 多くのクラブからの興味が寄せられた中、ウーデゴールがその中で最終的に移籍先へと選んだのはレアル・マドリードだった。決め手となったのはトップチームの練習に参加できることを約束されたことだったと後にウーデゴールは語っている。

 ただし、ファーストチームで練習をしながらも試合出場の主戦場はBチーム、というイレギュラーなチームへの帯同の形が要因となり、結果的にファーストチームとBチームどちらでも居場所を確立しきれない時期が続いてしまうこととなった。これはあまりウーデゴールの成長にとってポジティブなものではなかったようだ。

 もちろんどれだけ才能があったとしても、欧州5大リーグ未経験、まだ10代の若者がルカ・モドリッチやトニ・クロースらを擁する世界トップのクラブの中盤に割って入り、台頭するためにある程度時間がかかるのは当然といえば当然なのだが、ウーデゴールはプロデビューの若さのインパクトが非常に強く、ノルウェー歴代最高クラスの不世出の天才とまで評され非常に大きな期待を背負っていた。その分非現実的とも言えるほどにハードルも高く、ここからウーデゴールは10代後半~20歳前半にかけて、花開けなかった神童、という少しアンフェアなレッテルを貼られながらキャリアを送ることになる。

 レアル・マドリードでは中々チャンスを得られず、成長のために定期的な出場機会を必要としていたウーデゴールはスペインの地を離れローンに出ることを決断、2016年から3シーズンはそれぞれヘーレンフェーンとフィテッセに赴き、オランダ・エールディビジでプレーすることとなった。

 レアル・マドリード移籍時と比べればそこまで話題は呼ばなかったかもしれないが、実際のところ、この期間にウーデゴールは着実に成長を遂げ、オランダ最終年となった3シーズン目にはリーグ戦31試合で8ゴール11アシストと、この年齢の選手としては申し分のない成績を残している。

 この後スペインに帰還したウーデゴールは再びローンではあるものの、19/20シーズンにはレアル・マドリードと同じラ・リーガに所属するレアル・ソシエダでの武者修行に臨んだ。

 ついに初めてスペインでプレーすることになったウーデゴールはこのシーズン、安定した出場機会を得て4ゴール6アシストを記録、トップ下よりも少し低い位置でプレイすることが多かったこともあり、得点とアシストの数字はオランダ時代ほどは伸びなかったものの、チャンス創出系のスタッツではリーグトップ水準を軒並み記録するなど、スペインでも屈指の創造性を備えた選手に成長を遂げつつあることを示した。

 だが、運命の悪戯とでも言うべきか、ウーデゴールのサッカーキャリアはこの好パフォーマンスにより少々皮肉な方向に導かれることとなってしまう。

花開きつつあった才能を待ち受けていたもの

 もともとレアル・ソシエダへの移籍が決定した時点ではウーデゴールのローン移籍の期間は最低でも2年が予定されていた。スペインでのプレーに慣れ、21/22シーズン以降にレアル・マドリードのトップチームへ合流、というのがクラブのフロントが思い描いていたプランだったはずだ。

 しかし、1年目にウーデゴールがハイフォーマンスを見せたことで当時レアル・マドリードの監督であり、下部組織時代のウーデゴールを指導した経験もあるジネディーヌ・ジダンは予定より1年早く彼をマドリードへと呼び戻すことを決断した。

 実際にウーデゴールは20/21シーズンのリーグ開幕戦、古巣のレアル・ソシエダ相手の試合に先発しており、ある程度監督からは戦力として評価されていたに違いない。

 ついにここからウーデゴールでのレアル・マドリードでのキャリアが始まるかに見えた。だが、不運にも怪我と新型コロナウイルスへの感染が重なり、コンディションを取り戻すのに苦戦したウーデゴールはシーズン序盤にファーストチームからの離脱を強いられる。

 そして、一度先発メンバーを外れてしまうと、再び自身の居場所を確立するためのチャンスは中々訪れなかった。

 結果的に、このシーズン冬の移籍市場までの期間にリーグ戦での先発は3度しかなく、またしてもベンチを温める日々が続くことになった。そして、ローン移籍による成長で安定した出場機会の重要性を感じていたウーデゴールは焦りを募らせていった。

 かつてあれほど神童と謳われたウーデゴールも既に22歳になっており、そろそろ“才能ある若手”から一歩先に進むことが必要な時期が近付きつつあったことも焦りに拍車をかけていたのかもしれない。

数奇な運命で出会うアーセナルとウーデゴール

マルティン・ウーデゴールはジネディーヌ・ジダン監督の下で輝けなかった
【写真:Getty Images】

 待ち望んでいたはずだったレアル・マドリードへの帰還から半年と経たずに再びローン移籍を希望したウーデゴールに白羽の矢を立てたのがアーセナルだった。

 この時期のアーセナルではアルテタと対立したメスト・エジルが完全に出番を失っており、その後ウーデゴールとほとんど入れ替わるような形でアーセナルを去っていた。

 ウィリアンやニコラ・ペペという獲得当初は期待されていた新加入選手も上手く機能せず、グラニト・ジャカやダニ・セバージョス、モハメド・エルネニーといったより低い位置でパスを繋げるMFはいたものの、その前でストライカーのピエール=エメリク・オーバメヤンやアレクサンドル・ラカゼットまでボールを届け、チャンスを生み出すことのできる選手が全くおらず、アーセナルは重度の得点機創出力不足に苦しんでいた。

 ユースアカデミー育ちのエミール・スミス=ロウがそこのような状況でチャンスを掴み、彗星のように台頭したことで問題は多少は緩和されてはいたものの、実質的にチームに攻撃的MFがユース卒の若者一人のみ、という状況は好ましくないことは明らかで、クリエイティブな中盤の選手をチームに加えることはアーセナルの喫緊の課題だった。

 そもそもスミス=ロウはチーム事情によりトップ下としても起用されていたが、この後ウーデゴールが本格的にアーセナルの司令塔として君臨してから、むしろ左サイドを主戦場としたことからもわかる通り、もともとパスが得意なクリエイターというよりもダイナミックな推進力と決定力を備えたアタッカー、といったタイプのMFだ。

 だが問題は基本的に冬の移籍市場で獲得が可能な選手は夏よりも少なく、かつシーズンの途中で合流となるため、準備期間がなくともある程度戦力になってくれる見込みがある選手というのは限られてくる、という点だった。過去には冬の移籍市場でローンで獲得したはいいものの、ほとんど試合出場がないまま彼らのローン期間が終了してしまう、というケースもあり、アーセナルはそれを身をもって知っていた。

 そんなアーセナルにとって、冬の移籍市場で現実的に獲得可能性がある選手としては、マルティン・ウーデゴールはまさにぴったりの存在だった。

アーセナルの転換点となったウーデゴールの加入

 ポテンシャルに疑いの余地のない選手であることはもちろん、この時点でプレミアリーグの経験こそなかったものの、ノルウェーで育ち、スペインやオランダでのプレーを経験しているキャリアから、生活面も含め海外移籍に際しての適応はそこまで大きな障壁とならない様に思われた。またプレーに関しても、ウーデゴールのような状況に置かれた選手は自身の実力を絶対に証明したいというハングリー精神があり、これはプラスに働くだろう、と話す記者やファンも多くいた。

 また、このシーズンのアーセナルは低迷が相変わらず続いていたものの、絶対的な攻撃的MFがチームに不在であるという点は出場機会を重視するウーデゴールにとって魅力的に映ったに違いない。

 特筆すべきは、このウーデゴールの獲得はウーデゴール自身のキャリアにとってだけでなく、アーセナルというクラブの補強方針においても非常に大きな転換点となったということだろう。

 今やプレミアリーグでも最も平均年齢が若いチームの一つとなっているアーセナルだが、ベンゲル時代終盤からエメリ時代、アルテタ監督就任後初期においては低迷に伴う焦りからか、以前のアーセナルのトレードマークともいえる青田買いは鳴りを潜め、即座に結果を出すことが要求されるようなタイプの補強を行うことが多かった。そして、キャリアの終盤を迎えようとするベテラン選手を高給で獲得し、結果的に彼らは投資に見合った活躍を見せられず、獲得が失敗に終わる、というケースが多かった。

 アーセナルフロントが、チームの再建にある程度の時間がかかることを受け入れスカッドの若返りへと舵を切ったのは冨安健洋やベン・ホワイト、アーロン・ラムズデールといった20代前半の若手たちを多く獲得した2021年の夏とされているが、ウーデゴールの獲得はこれに6ヶ月先駆けて彼らの先陣を切っていたことになる。

 今季のアーセナルのジョルジーニョやレアンドロ・トロサールの獲得からもわかる通り、チームにフィットするための準備期間がほとんど与えられない冬の移籍市場で獲得された選手にシーズン中の活躍を期待するのであれば、彼らのような経験豊富な選手を獲得するのが定石でもあり、これまでの選手獲得の傾向を知るアーセナルファンにとっては少々意外な獲得でもあった。

アーセナルの説得

 だが実際には、ウーデゴールはプレミアリーグでも即座に戦力となると踏んだテクニカルディレクターのエドゥ率いるアーセナルのスカウティングチームの見立てに間違いはなく、ウーデゴールがチームに適応し、アーセナルにとって必要不可欠な攻撃的MFとなるまでには時間はかからなかった。

 既に何度もローンを繰り返した経験があったこと影響していたかもしれないし、アーリング・ハーランド然り、北欧出身の選手に多く見られることだが、最初のインタビューから既にチームの海外選手の中でもトップレベルといっていい流暢な英語を話せたたことも適応面でプラスだったに違いない。ウーデゴールはピッチ上でもプレミアリーグのペースやフィジカルに大きく苦戦する様子は見せなかった。

 移籍直後のマンチェスター・ユナイテッド戦でいきなりベンチから交代で途中出場を果たすと、2月のリーズ戦でプレミアリーグ初先発、その後はチームの攻撃の重要な一員となり、結果的に半年のローン期間中にプレミアリーグ14試合への出場を果たした。

 得点とアシスト数こそ1得点2アシストと少々控えめであったが、一時期は降格圏にすら沈む勢いだったアーセナルが何とか立て直すことに成功したのはスミス=ロウとウーデゴールの力によるところが大きかったのは間違いない。

 20/21シーズン終了時点、ローンでの移籍期間が終了した際にウーデゴールは『6ヶ月間本当にありがとう』といった旨のコメントを出しており、翌シーズンは満を持してレアル・マドリードに復帰するのではないか、と見る向きもあったものの、最終的にはアルテタとアーセナルフロントがウーデゴールを説得することに成功、レアル・マドリードもそれを受け入れ、今にして考えれば大バーゲンともいえる35万ユーロ(約49億円)という移籍金で2021年8月、アーセナルへと完全移籍することが決まった。

 そしてここからウーデゴールのキャリアの新たな章が幕を開けることとなる。

「レアル・マドリードへの移籍は後悔していないが…」

 ローン移籍を繰り返し、毎年新たな環境に適応しながら結果を残すことの難しさは多くの選手が語ることでもあり、元アーセナルのエミ・マルティネスや現アーセナルのエディ・エンケティアなど、ローン先では苦しんでいてもある程度安定した出場機会さえ得られれば花開く、という選手の例は多くあるが、ウーデゴールもその例外ではなかった。

 移籍初年度からアーセナルフロントを納得させるに足る才能の片鱗は既に見せていたウーデゴールだが、本人が「レアル・マドリードへの移籍は後悔していないが、僕はホームを見つける必要があった。そして、それをノースロンドンで見つけたんだ」と語っていたことからも垣間見えるように、アーセナルへ完全移籍して以降、ついに自身の居場所を見つけたウーデゴールはそれまでの彼とは別人と言っても良いほどのパフォーマンスを見せている。

 移籍当初は非常に技術こそ高いが数字に残る結果には結びつかない、という試合も多くあったものの、完全移籍後アーセナルでの初めてのフルシーズンとなる昨季は4ゴール7アシストと数字を伸ばし、チームの絶対的なクリエイティブ・ハブとしての立場を確立すると、今季はそこからさらに階段を一段上がり、プレミアリーグで15得点8アシストという圧倒的な成績を残した。

 マルティネッリとともに今季のアーセナルのチーム内得点王となっただけでなく、オープンプレーから15得点という数字は昨季のケビン・デ・ブライネと並び、MFとしてはプレミアリーグ史上最多だ。特にそのミドルシュートの精度は圧巻だった。

 もはやかつての伸び悩む神童の姿はそこにはなく、ウーデゴールはついに15歳の頃に世界中のサッカーファンが熱狂しながら思い描いた、ワールドクラスの攻撃的MFへと成長を遂げたと言っていいだろう。

ウーデゴールがアーセナルのキャプテンたる所以

 ウーデゴールのチームへの貢献は得点やアシスト、素晴らしいパフォーマンスで試合を勝利に導くことだけに留まらない。

 若くからノルウェー代表のキャプテンも務めるその人望とキャプテンシーを活かし、オーバメヤンの退団に伴って空いたアーセナルのキャプテンの座も今季から任された。

 若手が目を瞠るような躍動を見せているアーセナルの象徴に相応しい、若いキャプテンであると同時に、ウーデゴールは年齢こそ24歳とまだ若いものの、欧州トップレベルでのキャリアを始めたことが早かったこともあってか年齢に見合わない落ち着きも備えており、チームではベテラン選手らを含めた全員からのリスペクトを勝ち得ている。

 移籍後でチームへの合流直後、まだローン中で一時的にアーセナルに在籍するだけかもしれない、という立場だった頃から既に、気後れすることなどなく、いきなりチームの中心的存在だったラカゼットへプレスの指示を飛ばす場面なども見られていた。

 試合前や試合中にジャカやオレクサンドル・ジンチェンコといった選手たちが熱くチームを鼓舞する姿がよく見られるのとは対照的に、ウーデゴールはそこまで大声でチームメイトを叱咤激励するようなタイプのキャプテンではないが、全ての選手たちの模範となれるような選手だ。

 今季終盤、アーセナルがホームでブライトン相手に敗北を喫し、実質的に優勝が絶望的となった際に、他の選手が失意に沈む中、試合後唯一ファンのサポートに感謝を表明するために観客席を訪れたのがウーデゴールだった。

 ウクライナ侵攻が激化する中、クラブ全体でジンチェンコへの連帯を表明するために、2月の試合でジンチェンコにキャプテンマークを着用させることを提案したりと、思慮深くチームメイトを思いやるエピソードには事欠かない。

「アルテタ監督のお気に入りに違いないよ」

アーセナルで輝きを放つマルティン・ウーデゴール
【写真:Getty Images】

 常に謙虚さを失わず、熱い姿勢の選手たちの中でも埋もれることなく静かに存在感を放つその姿は、選手時代にキャプテンを務めていたアルテタを彷彿とさせるところもある。

 また、精神面以外にも重要なのがチームの戦術を司る「ピッチ上の監督」としての役割だ。ウーデゴールは監督のアルテタが思い描く戦術のイメージを最もよく理解している選手の一人であり、システムや戦術の変更などをアルテタがチームに伝達する必要がある際にはまずウーデゴールに指示を出し、彼経由でチームに伝えられることが多い。

 以前インタビューでラムズデールが「アルテタは英語が喋れる選手には基本的に全員に英語で話しかけるが、いつもウーデゴールとはスペイン語で食堂などで長く話し込んでいる。監督のお気に入りに違いないよ」といった旨のことを冗談交じりに語っていが、これも監督からの信頼の厚さの表れだろう。

 今季のアーセナルの躍進はしばしばファンから『アーセナルが帰ってきた』と評されるが、それは必ずしも単純に試合の勝敗や順位など、チームの成績に関してだけではない。スタジアムの雰囲気やアーセナルらしい小気味よいパスワークを活用した華麗なプレースタイルも指してのことだ。

 現在も続く、アーセナルと言えば華やかな攻撃的サッカー、というイメージはベンゲル監督が一代で作り上げたと言って良いものだが、近年のアーセナルは魅力的なサッカーを展開したかつての姿は見る影もなかった。

 その象徴ともいえる出来事がエジルの退団だった。

ウーデゴールが体現する「アーセナルらしさ」

 ベンゲル時代の特に後半、アーセナルには常に圧倒的な技術の高さを持ち、魔法のように意外性のあるプレーで観衆を魅力するMFが在籍していた。それぞれスタイルは異なるものの、アレクサンドル・フレブ、トマス・ロシツキー、セスク・ファブレガス、サンティ・カソルラなど多くの選手がおり、その系譜を継ぐ最後の一人とも言える選手がエジルだった。

 だが、後任のエメリ監督はエジルをあまり高く評価していなかった。その後に就任したアルテタも試行錯誤を繰り返しつつも伝統的なトップ下タイプのMFを起用しないシステムにシフトしつつあり、その中で下した決断がエジルのメンバー外、そして放出だった。

 これはアーセナルだけではなく、現在サッカー全体の潮流であると言えるかもしれないが、以前と比べ質実剛健型、よりダイナミックなタイプのMFが重用されることが多く、「魔法のような」という言葉が似合うMFはその数を減らしつつあるように感じられる。

 そんな中、ウーデゴールは「アーセナルらしい」という形容詞がよく似合い、エジルをはじめとしたかつての中盤の名手たちを思い起こさせる。観客の予想を裏切る意外性あふれるプレーを毎試合見せてくれる非常に稀有な選手の一人だ。

 もちろん、彼は単に魔法のようなプレーを見せてくれるだけではなく、ファイナルサードでのボール奪取数はリーグトップレベル、守備意識やチームの誰よりもプレスに走る献身性やプロフェッショナルな姿勢、プレミアリーグでも当たり負けしないフィジカルと、アルテタやモダンサッカーのスタンダードがMFに対して要求する素質を高いレベルで兼ね備えている。

 かつてのアーセナルのMFらしさを残しつつも、現代サッカー仕様に生まれ変わったチームを体現するような選手であるウーデゴールはそういった意味でも、今のアーセナルの象徴として、キャプテンに相応しい選手だと言えるかもしれない。

ベンゲルのウーデゴール評「彼が15歳の時にも話したが…」

 実は、ウーデゴールがノルウェーを離れることを決めた際、移籍先候補として回った欧州クラブの中にアーセナルも含まれており、この時ベンゲルとレストランでディナーを共にしたのだそうだ。

 今でもこの時のことをウーデゴールはよく覚えており、ベンゲルとのディナーではとても緊張し、もしかしてフライドポテトは食べない方がよいのだろうかと心配だったと語っている。

 また、去年の年末にベンゲルはアーセナル監督退任後初めてエミレーツスタジアムを訪れているが、彼はこのディナーの時以来の再会を果たしたウーデゴールに「実は君がノルウェーを出て以降もずっと注目していたし、レアル・マドリード時代は君のキャリアを少し心配していたが、アーセナルで素晴らしいプレーを見せてくれていてうれしいよ」と会話を交わしたそうだ。

 同時にベンゲルは「彼が15歳の時にも話したが、本当にマルティンを獲得したかったんだよ。彼は若いころのセスク・ファブレガスを思い起こさせた。今アーセナルでプレーしてくれていて嬉しいね。彼は完ぺきな選手へと成長を遂げたと思う」とも話している。

 今季は惜しくもリーグ優勝を逃したものの、来季アーセナルはベンゲル監督退任以来一度も叶っていなかったUEFAチャンピオンズリーグの舞台にも7年ぶりに復帰する。過去から現在、そして未来へとアーセナルのバトンを繋いでいくマルティン・ウーデゴール、そして彼がキャプテンとして率いるアーセナルの今後の活躍に期待したい。

(文:山中拓磨)

【了】

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