「ウルトラス」と呼ばれる熱狂的なサポーターが、世界各地のサッカークラブに存在している。如何に「ウルトラス」は変容し、世界中に広まっていったのか。世界各国の「ウルトラス」たちの正体を追った11月18日発売の『ULTRAS 世界最凶のゴール裏ジャーニー』より、アルゼンチンの章を3回に分けて公開する。今回は後編。(文:ジェームス・モンタギュー、訳:田邊雅之)
カリスマ的人気を誇ったサポーター集団のリーダー
授業が終わると、参加者にはボンボネーラで口ずさまれているチャントを収めたCDが配られた。かくしてボンボネーラ発の歌が、ヨーロッパでも響き渡るようになっていったのである。
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「ラ・ドセ(編注:ボカ・ジュニオールのサポーターグループの通称)はハーバードみたいなもんなんだ。バーラになるための大学なのさ」
ラファは2006年、アルゼンチンのテレビ局が放送したドキュメンタリー番組において、こんなふうにうそぶいている。
彼はアルゼンチン国内で、カリスマ的な人気を誇っている。フアンはキャビネットの所に行くと、過去20~30年の間に発行された記事の切り抜きや雑誌の表紙が入った分厚いファイルを見せてくれた。記事はラ・ドセや歴代のリーダー、そして「戦争(マウロとラファの抗争)」にまつわるものだった。
特に興味深かったのは、ラファの扱われ方である。彼は高級誌の表紙にも登場していた。たとえばアルゼンチン版の『プレイボーイ』創刊号は、ラファの記事を掲載。「ボカのバーラのボスを単独インタビュー」と銘打っている。
そうかと思えばボクシングローブをはめさせ、カメラに向かってパンチを繰り出している写真を表紙にした雑誌もあった。そこには「恐怖のアンバサダー」という見出しが踊っている。
バーラを解体できる人々がいるとするなら…
簡単にいうなら、ラファはメディアによって、まるでロックスターのように持ち上げられてきた。フアンは語っている。
「ラファはとても人気のある有名人になったが、一部の人からはテロリストのように見られている。多くの人からちやほやされる代わりに、同じくらい多くの人から怖がられているんだ」
ラ・ドセとラファを恐れているのは、ボカ・ジュニオールの元会長、マウリシオ・マクリも同様である。
2015年、彼はアルゼンチンの大統領に当選している。その過程ではラ・ドセも暗躍したが、一旦権力の座に就くと、サッカー界にはびこる暴力を排除すべく、FBIのようなエリート部隊を組織し、断固たる方針で浄化に取り組み始めた。これは見方を変えれば、それだけラ・ドセの存在に恐怖を感じている証拠でもある。
結果、ラファはボンボネーラで開催される試合に足を運ぶことができなくなった。
とはいえ、ラ・ドセをはじめとするバーラをスタジアムから駆逐する作業は、一筋縄では進まないだろう。彼らは膨大な金を稼いでいるし、権力の座にある人々のスキャンダルも掴んでいる。それはマクリも例外ではない。しかも大衆から英雄のように讃えられ、ボンボネーラでは抗し難い魅力を保ち続けてきた。
確かに選手たちは世界中のクラブを渡り歩いて行く。クラブの会長や政治家たちも、様々な公約をぶち上げては破ることを繰り返しながら、やがては表舞台から姿を消す。
だがラ・ドセはどうだろう? 彼らは常にスタジアムに陣取って、いつも同じ歌を合唱し続ける。バーラを解体できる人々がいるとするなら、それは政治家でもクラブの会長でもなく、おそらく当のバーラだけだろう。
(文:ジェームス・モンタギュー、訳:田邊雅之)
『ULTRAS 世界最凶のゴール裏ジャーニー』
<書籍概要>
定価:2750円(本体2500円+税)
劇的なドラマ、スター選手、華麗なテクニック、そして戦術。 ゴール裏のスタンドには、これらの一般的な目的とは全く異なる理由で、 サッカーの試合に熱狂する人々が膨大に存在する。 それが今日のサブカルチャーを作り上げた「ウルトラス」だ。 彼らは世界中のスタジアムを発煙筒の煙と怒号で満たしてきたが、我々はこの異質なファンのことを何も知らないに等しい──。
【了】