【写真提供:JFA】
いよいよ決戦の日を迎えた。日本代表は12日、カタールワールドカップのアジア最終予選でオーストラリア代表と対戦する。
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ここまで最終予選は3試合で1勝2敗と苦戦が続き、一部メディアには「森保一監督、解任か」という見出しも踊る。世論の流れも「森保監督の解任を」「森保監督は無能!」といった意見が目立ち、どんな記事を書いても主語を「森保監督が…」と入れ替えて捉えられてしまう。
もちろんすでに2敗を喫した結果に対する批判はもっともで、日本代表のワールドカップ予選突破が厳しい状況になっていることを重く受け止める必要もある。やはり9月のオマーン代表戦を落としたことが、その後の戦いに様々な面で大きな影響を及ぼしてしまった。
しかし、数字として表れる結果を超えた領域、つまり“見えないもの”に対してあまりに感情的になりすぎていないか? ここまでのプロセスは正しく評価されているのか? という疑問もある。森保監督への批判や非難の声を拾っていると、もはや人格否定や誹謗中傷とも言うべき苛烈なものまであるし、その多くがインターネット上のミームに影響を受けすぎているのではないかと感じるのだ。
サッカーは非常に変数の多いスポーツで、不確定要素の連続によってゲームが進んでいく。いくら完璧(だと信じられるまで)に準備したとしても、試合中に予測不能なアクシデントが起こってプランが崩れてしまうことも多い。「勝負事に絶対はない」という森保監督の言葉通り、勝って当然と思われていたチームが1つのミスで負けてしまうことも珍しくはない。
そして「チームは生き物」とよく言われるように、どんなに強いチームにもバイオリズムがあって、調子がいいときもあれば、悪いときもある。人間なのでミスがあっても当たり前。選手はホワイトボード上のマグネットのように動くわけではなく、試合には流れがあって、用意した戦術の噛み合わせだけで勝負が決まるわけではない。サッカーは常に不確実で予測不可能なスポーツだ。
そのうえ何らかの要因でチームの状態が悪ければ、どんなに万全の準備をしようともバランスは崩れてしまうもの。日本代表の選手たちは敗れた7日のサウジアラビア代表戦を振り返り「距離感が悪くなってしまっている」「攻め急ぎすぎた」など多くの課題を挙げていたが、こうしたちぐはぐさは不調時の典型と言えよう。サイクルの終わりに軌道修正の望みがなくなる瞬間というのは必ずあるが、監督がコントロールできない部分も多々あり、何でもかんでも全て「監督のせい」にしてしまうのは暴論でしかない。
ピッチに立つ11人全員の意思統一を図るのも、我々のような外野が想像するよりはるかに難しい。試合中はめまぐるしく状況が変わり、こちらが何かを変えれば、相手チームも別の何かを変える駆け引きの応酬がある。現実的に11人全員の意識を瞬時に1つにまとめるのは不可能で、距離の近い複数の選手たちの考えを揃えながら、徐々にそれを連環させて、チーム全体のベクトルを1つの方向に束ねていく作業が必要になる。もしチーム状態が悪ければ、この作業は困難を極めるだろう。勝てないチームというのは往々にして統一感がないものだ。
しかしながら、森保監督は「我々ができること」である「勝つ確率を上げるための準備をすること」を怠るような人間ではない。必要とあらばスローインをも練習に組み込むほど細部にこだわる生真面目な指揮官は、ベースとなるコンセプトや対戦相手を想定した戦術を丁寧にチームに落とし込んでいるに違いない。
では、日本代表はどのようにすればこの不振を抜け出すことができるのか。再び軌道に乗って勝ち進むことができるのだろうか。
考えられうる選択肢はいくつかある。まずは、今までやってきたことを全て捨て、とにかく目の前の一戦に勝つことだけを考えた対策を施すこと。例えばボールポゼッションも前線からの連動したプレッシングも諦め、とにかく自陣深くにブロックを敷いてゴールだけを死守し、カウンターの一発で仕留める方針に切り替えることも不可能ではない。
もう1つ考えられるのは、原点に立ち返ることだ。日本代表が積み上げてきたコンセプトや、強みとしてきた要素を見直し、そこを重点的に発揮できるようチーム戦術やゲームプランを設計していく。意識すべきところを改めて整理し、全員が自信を持ってやれることは何かを突き詰める。
0-1で敗れたサウジアラビア戦からオーストラリア戦まで、日本への移動も含めて中4日。与えられた時間が限られた中で「大切なところを全てやりたいですけど、取捨選択しながら優先順位をつけていき、状況を見ながらやっていきたい」と森保監督は語っていたが、ならばどんな方法で勝ちにいくべきか。
今回の場合なら、チームの根本から変えるよりも選手たちの意識を変える方が自信を取り戻しやすいだろう。戦い方を大きくいじるよりも、メンタルを前向きに変える。極限状態がゆえに戦術論ではなく精神論を大事にしたい。
一方、戦術面ではやるべきことをシンプルに整理して、3年かけて積み上げてきたコンセプトの発揮に持てる力を全て注ぐべきだ。「日本サッカーの力を考えれば、できる準備を怠らずしっかりやっていけば、勝つ確率は限りなく上げられる」という指揮官の言葉には完全に同意する。
森保監督はこれまで「日本のサッカーが世界で勝っていくために」という大方針を掲げてチームコンセプトを作ってきた。ボールを奪ってからできるだけ早くゴールに迫ること、そのうえでもともと日本代表が武器として持っていたボールポゼッションも重視し、ボールロスト時の即時奪回も選手たちに要求してきた。これらは現代サッカーの潮流にのっとった要素を多分に含んでいる。
そのうえでピッチに立つ選手たちの自主性を尊重する。選手主導の戦術変更も許容するし、選手たちから監督に対する意見にも積極的に耳を傾ける。そもそも戦い方を定めていくにあたって監督の指示が全てではないが、選手の判断を許容する範囲の広さが一般にはわかりづらいこともあって、「森保監督は何もしていないのでは?」という憶測が生まれるのだろうか。
ただ、今年6月に終わったカタールワールドカップのアジア2次予選までは従来のやり方で結果が出ていた。終盤には新戦力の台頭もあり、日本代表の基盤となる選手層も確実に厚くなった実感があった。
ところが9月以降は急激に結果がついてこなくなったことによってチーム全体が不安定になってしまった。ワールドカップに向けた重要な大会で過去最高クラスの厳しい状況に立たされ、責任感や使命感の強い選手たちが思い詰めすぎているのではないかという点は気になっている。FW古橋亨梧はオーストラリア戦に向けたプレッシャーの重さを「正直初めての経験」と語るほどで、他の選手たちも強烈な重圧に苛まれていることだろう。
キャプテンのDF吉田麻也も「ワールドカップに出る・出ないというのは、僕たちだけじゃなくて、サッカーに携わる全ての人たちの死活問題になると思う」「予選で敗退してしまって、不甲斐ない結果になってしまったら、(日本代表を)すっぱり辞めようと思います」と、並々ならぬ「覚悟」を繰り返し口にしてきた。
確かにこの苦しい状況は自分たちの結果によって生まれたが、あまりに気負いすぎては視野が狭くなって本来の力を発揮できない。「プレッシャーを力に変える」と言うは易くも行うは難く、「責任を取る覚悟」は大きすぎると逆効果。「選手たちがよりリラックスして、思い切ってプレーできるように、好きなサッカーを楽しんでもらえるように環境づくりするのが私の役割」と語る森保監督には、ぜひその役割を果たしてもらいたい。いまは戦術面で新しいことを詰め込むよりも、精神的に安心して自信を持ってプレーできるようなアプローチが必要不可欠だ。
「距離感を取り戻すためにはサポートのスピードを早くしなきゃいけないなと。本当に1歩、2歩の違いで全然変わってくると思うんですけど、そこでサポートの距離感をよくすれば、あとはテンポが上がっていけば、少しずつパスが成功していけば、自信を取り戻していくんじゃないかなと思っています。
積極性を取り戻すためには小さな成功体験を積み重ねていかなければいけないので、試合の中でテンポをよくボールを回して、僕たちがボールを支配すること。ゲームを支配する時間帯を長くして、リズムを作るというのが大事かなと。特にホームですし、オーストラリアとはいつも拮抗した試合になるので、うまくそこ(ボールポゼッション)でゲームをリードして、支配しなければいけないと思っています」
この吉田の言葉の通り、「1歩、2歩の違い」は大きい。自信がなければプレーに迷いやためらいが生まれてしまう。そうした小さな違和感が積み上がることで、全体のバランスが壊れてしまう。ならば、先にも述べた通りやるべきことをシンプルに整理して、試合の中で自信を取り戻していくしかない。本来のパフォーマンスを発揮するには、肉体的あるいは戦術的な成長のみならず、心を整えておくことも重要。自分たちの強みは何だったのか、もう一度思い出すことが勝利への近道だ。
自信を取り戻す過程で森保監督が果たすべき役割も大きい。本人の言葉通り「取捨選択しながら優先順位をつけていき」、できるだけシンプルな形で自分たちの強みを発揮できる環境づくりが必要になる。いくつかの課題や改善点に目をつむってでも、オーストラリア相手に主体的に試合を支配してゴールを奪える道筋を選手たちに示してもらいたい。精神面も含めたゲームプランを提示して全員に意思統一を促せるのは、他ならない森保監督である。
ワールドカップ出場を逃すことによる損失は計り知れないほど大きく、我々が簡単に想像できるものではない。まだまだカタール行きの切符獲得を諦めてはならないし、可能性は十分に残されている。
そして、森保監督にはオーストラリア戦の結果をもって批判していた人たちを見返してもらいたい。今夜の勝利は必ず自信を取り戻し、不振を抜け出すきっかけとなるはずだ。日本代表の誇りと底力を固く信じている。
(取材・文:舩木渉)
【了】