東京五輪の準決勝が3日に行われる。U-24日本代表がメダル獲得をかけてU-24スペイン代表と対戦する大注目の一戦だ。徳島ヴォルティスのコーチを務めるマルセル氏は、2008年から2020年まで長きにわたってバルセロナのカンテラ(育成組織)で指導に携わり、両国代表に複数の教え子を送り出している。また、バルセロナ時代の久保建英のすべてを知る人物でもある。そこで本稿ではマルセル氏の記憶に刻まれている、10歳でスペインに渡った当時の“タケ”について語ってもらった。(取材・構成:舩木渉/取材協力:徳島ヴォルティス)
凄まじい適応能力
タケは10歳でバルセロナにやってきました。私は当時7人制部門のディレクターを務めており、彼の家族やタケの学校の手続き等々、身の回りのことをサポートしていました。そしてU-12に所属していた加入2年目と11人制のカテゴリに昇格した3年目にコーチとして一緒に練習をしていました。
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選手としては評価するのが簡単だったくらいタレント性がありました。タケを見た時、その才能に何の疑いもなかったのが事実です。日本人がバルサに入ってくることを考えると、彼くらいのレベルでないと難しいと思っていますが、バルサにふさわしいレベルにあった選手でした。
すぐに当時のバルサの選手とプレーしても全く問題なく活躍していましたし、プレーの判断やリズムでもしっかりと違いを見せていました。本当に賢い選手という印象です。タケはお母さんと弟が一緒にバルセロナへ来て、お父さんは来られない状況で、さらに言葉の壁や文化の違い、学校の環境の違い、いろいろな難しい状況があっても、凄まじいスピードで適応していきました。
私はコーディネーターとして、できるだけ彼のそばにいて適応の手助けをしていましたが、数ヶ月でチームメイトたちとスペイン語で会話し始めましたね。あまりうまく話せなくても周りと積極的にコミュニケーションを取って、自分のところにボールが来るよう要求もしていましたし、本当に素晴らしい適応能力を持っている選手だという印象を受けました。
バルサ加入初日に…
今でもよく憶えているのは、タケがバルサに加入してラ・マシアにやってきた初日のことです。ご家族の皆さんが私のオフィスに来て、学校の時間割の話だとか、自宅から練習場への所要時間がどれくらいかなど、生活のことを色々と話していました。
その場に一緒に来ていた10歳の少年・タケは、まるでお母さんのようだったのです。クラブが手配するタクシーが迎えにきてくれて学校や練習場に向かうことになっていたのですが、「弟を誰が拾いにきてくれるのか」「弟のサッカーの練習はちゃんとできるのか」など、常に弟の心配をしていて、「彼が保護者なのか?」と思わされるような質問をしてきました。
生活面については基本的に同席していたお母さんと話そうと思っていたのですが、横で同時にタケが弟に関する質問や身の回りのことをどんどん聞いてきたので、「私はお母さんとタケ、どっちと喋っていいんだろうか…」と混乱してしまいました(笑)
タケの弟はそのミーティングが長引いてしまったので、長旅の疲れもあったのかイスを2つ並べて寝ていたのですが、タケは恥ずかしそうにもせず、通訳を介してどんどん質問をしてきた。その時の光景は今でも忘れられません。
いま彼のキャリアは本当にうまくいっていると思いますし、レアル・マドリーに行っても成長していて、彼の決断や彼がしていることすべてを誇りに思います。
現在を知っているので、あくまで「たられば」の話にはなりますが、あのままバルサに残れていたらトップチーム昇格の確率は非常に高かったでしょう。タケにはまずバルサBに昇格し、そこからトップチームにたどり着ける能力があります。
彼が日本に帰ってから証明した力というのは、その確率の高さを示しているのではないでしょうか。実際、彼の同年代の選手たちも世界各地で活躍していますし、プロの世界にたどり着いているので、彼もトップレベルに到達できることに疑いはありません。
“タケ”の今とこれから
もちろんタケを知っていたバルサのコーチたちは、「レアル・マドリードへ移籍」というニュースを聞いて率直に悲しく思いました。バルサに入るため、家族とともにたくさんの努力をしていたのを知っていましたから。
当時のカンテラには韓国人や他の国の選手も来ていましたが、タケはそこでも違いをしっかり見せていましたし、各年代で順調にステップアップをしていった選手です。本当に周りとは違う何かを持っていると感じさせてくれる選手でした。
欧州でプロにたどり着けるか・着けないかという時にバルサ復帰の話が進まず、そこにマドリーが接触してきて、最終的にマドリーと契約する形になったことは本当に悲しかったです。でも、彼の夢はもう一度バルサに戻ってプレーすることだと思っていますし、そこに関して私は何の疑いも持っていません。
タケの将来の話もしましょう。ここまでいろいろなクラブにレンタル移籍してきましたが、どこもハイレベルな環境でした。特にビジャレアルで過ごした時間は簡単ではなかったという印象を受けています。
でも、彼のマジョルカ時代の活躍に関しては素晴らしいものがありましたし、そこで活躍したからこそさらなる次の一歩を踏み出せたのではないでしょうか。次のステップでは、さらに競争のあるところでプレーする時間を得て、楽しんでほしいと思いますし、彼自身もそれを望んでいるはずです。
彼のプレーを見ていても、試合に出たら積極的にチャレンジしていると思うので、新シーズンもこれまでやってきたことを継続してほしいなと思っています。スペインリーグは早い判断が求められますし、強いコンタクトがある中で、様々な面で要求されるクオリティは高いですが、ハイレベルな環境にもしっかり適応して、さらなるステップアップをしていってほしいと思っています。
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語り手:マルセル(マルセル・サンス・ナバーロ)
1982年2月20日生まれ、スペイン・カタルーニャ州サント・アンドレウ・デ・ラヴァネレス出身
指導歴
2008年~2009年 バルセロナU-16 コーチ
2009年~2010年 バルセロナU-15 コーチ
2010年~2011年 バルセロナU-10 監督
2011年~2012年 バルセロナU-12 監督
2012年~2015年 バルセロナU-13 監督
2015年~2020年 バルセロナU-18 コーチ
2020年 パナシナイコスFC コーチ
2021年〜 徳島ヴォルティス コーチ
(取材・構成:舩木渉/取材協力:徳島ヴォルティス)
【了】