首位ミランが枠内シュート「ゼロ」
クラブの新たな門出を盛大に祝う、歴史的大金星を挙げた。
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アメリカ人資本家、ロバート・プラテック氏によるスペツィアの買収交渉がまとまったと報じられたのが11日のこと。それから初めての試合となった現地13日のセリエA第22節で、今季初昇格の小クラブは首位ミランに2-0の完勝を収めた。
13年前に一時は破産の危機にも見舞われたスペツィアは、今季クラブ史上初のセリエA昇格を果たして大健闘を続けている。現時点で残留争いとはほぼ無縁の14位につけ、限られた戦力をやりくりしながら印象深い戦いを披露してきた。
とはいえセリエA第3節でミランと対戦した際は0-3の敗戦。第16節ではナポリを破ったものの、ビッグクラブ相手には力の差を見せつけられる試合が多かった。
もちろん今回のミランとの対戦も苦しい戦いが予想されていた。ところが、蓋を開けてみれば「完勝」という表現がぴったりなほど、好調なミランに何もさせず勝ち点3をもぎ取ることに成功した。
スペツィアを率いるヴィンチェンツォ・イタリアーノ監督も「間違いなく私のキャリアにおけるベストゲーム。特にセリエAの首位で、極めて高いレベルにあるミランのようなチームが相手となればなおさらだ」と喜びを爆発させた。
ミランはボール支配率で相手を上回りながら、セットプレー以外で全くチャンスを作れなかった。90分間でシュートは「7本」、枠内シュートは1本もなく、スペツィアのGKイヴァン・プロヴデルは一度もシュートセーブをしていない。リーグ戦14得点を挙げているズラタン・イブラヒモヴィッチも1本しかシュートを打てず、唯一の機会は相手にブロックされた。
一方、スペツィアは「17本」ものシュートを放ち、うち「4本」をゴールの枠内に飛ばした。はっきりとした狙いを持った守備から、ボールを奪って攻撃につなげる流れがスムーズで、ミランの守備陣を度々慌てさせた。
生え抜き選手が奪った2得点
ゴールシーンも見事だった。先制点は56分、スペツィアのカウンターによって生まれる。
ハーフウェーライン手前でテオ・エルナンデスからボールを奪ったケヴィン・アグデロがドリブルで一気に運び、右サイドに展開。そして、すぐに右ウィングのエマヌエル・ギャシからリターンパスをもらい、今度は左側を猛然と駆け上がってきたMFマッテオ・リッチに預ける。
中盤からものすごいスピードで攻め上がってきたリッチにミランの守備陣は面食らい、一瞬でかわされてしまうと、GKジャンルイジ・ドンナルンマと至近距離で1対1という状況が生まれる。そこでミランのキャプテン、アレッシオ・ロマニョーリがなんとかリッチの足もとにスライディングしてボールをかき出したが、こぼれ球をジュリオ・マッジョーレに難なく押し込まれた。
スペツィアの下部組織出身で、トップチームに定着して5シーズン目を迎えるマッジョーレだが、実は過去にミランからスカウトを受けたことがある(インテルファンだったため、ミランのセレクションにインテルのユニフォームを着ていったという逸話もある)。14歳で実際にアカデミー入団も果たしたが、すぐに怪我をしてしまい、わずか数日でスペツィアに戻った。当時のミランのU-15チームにはマヌエル・ロカテッリやパトリック・クトローネがいて、彼らは先に陽の当たる場所で活躍する選手となっていった。
プロ5年目で初めてセリエAの舞台を戦っているマッジョーレは「ミランに対して後悔を抱いてはいない。スペツィアは僕のことを歓迎してくれた。スペツィアは僕の街だ」と“古巣”戦後に力強く語った。シュートをゴールに蹴り込む一瞬に様々な思いがよぎったに違いない。
スペツィアの勝利を大きく引き寄せる2点目は、63分にフリーキックから生まれた。敵陣ペナルティエリアの左ライン側でボールをセットしたナウエル・エステベスは、ゴール方向に蹴ると見せかけてマイナス方向にグラウンダーのパスを選択した。
そこには左サイドバックのシモーネ・バストーニが待っていて、ペナルティエリアのすぐ外から豪快に左足を振り抜く。鋭くカーブのかかった強烈なシュートは、ゴール前の密集をすり抜け、GKドンナルンマの伸ばした手をかすめて右サイドネットに突き刺さった。
「我々の士気を大いに高めてくれる勝利」
マッジョーレと同じくスペツィアの下部組織で育った24歳のDFは「僕の最大の夢すら超えてしまった」と、自らのセリエA初ゴールに歓喜する。昨季はセリエBでわずか9試合の出場にとどまっていた生え抜きの左サイドバックは、セリエAの舞台で主力に定着して歴史に残るゴールを決めた。
「僕たちは非常に攻撃的に振る舞い、ミランに対して高い位置からプレッシャーをかけ、相手がリズムに乗れないようにするアプローチを準備していた。彼らのプレーを止めたかったかし、完璧なパフォーマンスだったと思う」
そう語るのは2点目を奪ったバストーニだ。スペツィアはスタンドで見守る新たなCEO(最高経営責任者)への就任が予定されるニシャント・テラ氏に勝利を見せただけではない。チームとしての魂を存分に見せつけた。
ボールを持っているミランのディフェンスラインに対して前線から積極果敢にプレスをかけ、オールコートマンツーマン気味のタイトなディフェンスを披露。それを90分間通してやりきり、首位クラブのビルドアップをことごとく寸断した。流れの中でピンチがほとんどなかったのは、スペツィアの守備が極めてうまく機能していた証拠だろう。
そして、ボールを奪ったら素早く前線に展開して、中盤からもなだれ込むように選手が押し寄せる。時にはディフェンスラインから落ち着いて組み立てる様子も見られたが、厳しく激しいプレッシングからシンプルな攻撃という狙いは徹底されていた。
イタリアーノ監督も「選手たちがあの強度と攻撃性を試合開始から終了まで維持してくれたのには、非常に満足している」とチームの戦いぶりを絶賛した。「誰もが決断力を持ち、手を差し伸べあい、リーダーになりたいと望んでいる。ミラン戦の目覚ましいパフォーマンスは素晴らしく、我々の士気を大いに高めてくれる勝利になった」と確かな手応えも口にした。
スペツィアは新たな道へ
セリエAで9得点を挙げているFWエンバラ・ヌゾラや、アタランタから借りている20歳のFWロベルト・ピッコリが負傷離脱するなか、本来はウィングのアグデロを3試合連続で“偽9番”的に最前線で起用している。
「彼はいくつかの素晴らしい資質を持っている。優れた身体能力、ボールと持った時の速さなどを挙げられるが、サイドでは彼のベストを引き出せていなかった。必然的に彼にセンターFWでプレーするよう頼むことになった。そして、この起用が報われ始めている。彼は大きなサプライズであり、新たな役割を楽しんでいるのではないだろうか」
イタリアーノ監督が語る選手起用法の変化と、チーム戦術がマッチし始めている。ミランに勝利して今季2度目のリーグ戦連勝となり、終盤戦に向けてスペツィアは勢いづきはじめた。それでも選手や監督たちに慢心は一切ない。
指揮官は「すべての勝ち点が貴重なもので、誰もが我々のシーズンの目標が『残留』であることを知っている。3ポイントをポケットに入れ続けなければ」と気を引き締める。
マッジョーレは「過去は過去で、今日の結果には満足している。自分のゴールは本当に簡単だった。適切なタイミングに適切な場所にいられてよかった」と自らのゴールを振り返るとともに、キャプテンとしての自覚にあふれる言葉でチームに語りかけた。
「セリエA1年目で苦労したけれど、だんだんとみんなで戦えることがわかってきた。首位のクラブを止められたのには大満足だ。このままの状態を続けていきたいけれど、シーズンはまだまだ長いし、集中し続けなければならない」
クラブとして新たな道に進むことが決まった直後の試合で、世界中にスペツィアがトップリーグでも堂々と戦える姿を見せつけた。マッジョーレやバストーニといった生え抜き選手たちが勝利の立役者となったのは必然だろうか。スペツィアの魂はアメリカから見守る新経営陣の心にも響いたはずだ。
(文:舩木渉)
【了】