サッカーを言語にする能力と意識の高さ
中村憲剛が今シーズン限りでの現役引退を発表した。
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週末に素晴らしいパフォーマンスで川崎フロンターレを勝利に導いたばかり。正直、実感が湧かないというのは大半のサッカーファンの声と同じだ。それとともに大小、数々の名シーンが頭の中に映像として浮かんできたが、記者の一人として特別に感じるのはサッカーを言語にする能力と意識の高さ。鮮明に思い出すのは2016年3月、J1第2節の川崎フロンターレ対湘南ベルマーレを取材した時のことだ。
森本貴幸の後半アディショナルタイムのゴールで川崎Fが追いつき、4-4の引き分けに終わった湘南戦は、当時の風間八宏監督が目指していた攻撃的なサッカーそのものだった。しかしながら、果敢なサッカーの中でも相手のプレスに対してミスが目立ったことを中村憲剛に指摘すると、こう回答が返ってきた。
「もっと早く気付くべきですよね。どこが空いているか。左サイドバックの(車屋)紳太郎のところがガラ空きだったわけです。それに対して中央の(谷口)彰悟と俺と(大島)僚太と奈良ちゃん(奈良竜樹)に相手のシャドーがきゅっと締まってて、ツーボランチもガッと来てるのに、わざわざ俺と僚太に出す必要ないじゃないですか」。
そうした状況をピッチ上で観察していた中村憲剛は「すごい人がいるな」と感じながら「(車屋)紳太郎にポンと出るとそのまま縦に運べてたから。これをずっとやればいいじゃないか」と感じ取って左の車屋を活用すると、前半のうちに川崎Fの攻撃がスムーズになりシュート、少なくともコーナーキックを取る場面などが増えた。
「もっと早く気付くべきでした。正直に5分ぐらいまともに受けて、けっこうボールロストしていたので」。
前半から点の取り合いになり、川崎Fは大久保嘉人と小林悠が得点。3-3で迎えた後半には二枚替えで一気に畳み掛けるかと思われたが、粘り強く耐えた湘南が逆に交代カードをうまく使い、岡本拓也のゴールでリードを奪った。しかし、最後に川崎Fらしい相手陣内のパスワークから最後は小林の折り返しを森本が押し込む形での同点ゴールとなった。
「一人ひとりの自立というのがより求められる」
劇的な試合展開だったが、その試合を通して感じられたのが、困ると中村憲剛に頼ってしまう傾向だ。当時の湘南のプレッシャーを“日本で一番速い”と評価していた中村憲剛に思い描く解決方法を聞いてみた。
「空いているところから攻めるというのも1つ解決法として持っておかなきゃいけないし、あそこでけっこう時間は作れていたので。でも俺個人も意固地になっていたところがあるというか。こういうチームに対して(中央で)やりきりたいっていうのもあるので、そこがうまく相手の思惑と重なっちゃったなというのは(笑)。チームとしてやりたいことと、湘南としてそこを潰しに来るところ。だから冷静にもっと状況判断して見られれば良かったなというのはあります」。
――サッカーの判断として難しいのは、ある試合で外が空いているからそこに出して解決しても、次の試合では中が空いているのに外に行っちゃうみたいな傾向が、川崎Fに限らずJリーグでありがちじゃないですか。でも相手を見ながらしっかり自分たちの選択肢の中で的確なことを前半からでもやっていくみたいなことはリーグのレベルアップのためにも必要なことですかね。
「結局、相手にとって嫌なことは何かっていうところですよね。真ん中から攻められるのが一番嫌なわけで。今日みたいにほぼ“ペナ幅”で守ってくる相手に対しては1回外は使わないといけないし、中で行けないんだったら。それで1回広げておいて中を攻めることができれば、後半の立ち上がりぐらいのテンポで、相手が外からもう来ないだろうというタイミングでも中から行ける。そうすると相手も下がらざるをえないし、クリア一辺倒になるのでボールも回収でき、自分たちのプレーができる。そういうのをもっと自分たちで早く気付かないといけないなというのは試合で感じました」。
――そういう判断のスイッチみたいなところは川崎Fだと中村憲剛選手が入れることが多いと思うんですけど、ただユベントスの(アンドレア・)ピルロがいなくなった直後じゃないですが、常に考えて起点になってくれる中心選手がいるいないでサッカーが変わってしまう様だと、試合によってチームの攻撃が停滞する様なことも起きがちですよね。その中で中村憲剛選手の重要性はあるけど、もっとチームでビジョンを共有して、中村憲剛がいるいないじゃなくて、川崎Fとしてやれる様になっていくべきでしょうか?
「そうですね。だから彰悟にしてもそうだし、僚太にしてもそうだし、自分の出したパスの先でどうなっていくかというのをもっと予測しないといけない。自分がそこに出したいから出すんじゃなくて、そうなった後に相手と味方の立ち位置がどうなるか。紳太郎に出したのはいいけど、その後にどうなるか。ひょっとしたら僚太に1回付けてから外に出した方が相手はもっと嫌かもしれない」。
「そういうのを相手を見ながら、ペースを見ながら嫌らしいことを…だいぶ考える様にはなってきたと見てますけど、もっともっと、まあ嘉人も前にいるわけで。そこにどうやってつなげるかというのも課題でもある。一人ひとりの自立というのがより求められる。あれぐらいのテンポでプレッシャーをかけてこられるチームにはなっているので、SBもそうだし、サイドハーフもそうだし、一人ひとりがどうやって相手の嫌がることをやって崩していくかというのを共有していかないと」。
「練習をただやるんじゃなくて、考えて突き詰めてやらないと」
「“ボールが来ました、どうするか”じゃなくて、ボールが逆サイドにある時から自分がどう絡むかをもっと考えなきゃいけない。そういう意味では悠のゴールなんかはボールが別のところにある時から自分が欲しいスペースにしっかり走り込んでいるし、だから彼は2点取るし、4点目のモリ(森本)のゴールもアシストできる。彼は相手の嫌がることをできるスペシャリストなので」。
「そういうのをもっともっと、中野(嘉大)もモリも、(森谷)賢太郎もそうだし。紳太郎がフリーでボールを運ぶんだったら、左サイドの(狩野)健太とか中野がどうやったら相手が嫌なのか。背中に走ったら嫌なのか、真ん中にいた方が嫌なのかというのを常に、攻めている時はずっと考えてないといけない。それでボールを失わなければいいわけだから。だから自分がボールを取られないためのポジションを取ればいいわけで、全部が全部、受けなくてもいいわけですよ」。
「そのフリーランで、ひょっとしたら相手が困るかもしれない。それで嘉人が空くかもしれない。それまでに誰がどれだけ考えているかという集合体だと思うので。それが出来ている時は非常に面白いゴールも生まれるし。そういうのを日々の練習でね、ただやるんじゃなくて、そこまで考えて突き詰めてやらないと、これだけ守って来る相手というのは点を取れないですよ。まあ4点取りましたけど(笑)。チャンスも作りましたけど、もっともっと作れるっていうことです」。
中村憲剛なくして川崎Fの成長はなかった
試合後の取材でも、論題によっては1回1回がインタビューのようになるのが中村憲剛という選手だった。そして、4点目の質問を出したところで興味深い回答が返ってきた。
――終盤にエドゥアルドを入れてシンプルなクロスという選択肢がある中で、大島選手のサイドチェンジが1回入ったじゃないですか。あそこから上げてもおかしくないところでサイドチェンジを入れたことで、車屋選手の決定的なクロスにつながりましたけど、あのあたりは川崎Fらしくないところでも川崎Fらしさが出たところでしょうか。
「要はクロスも投げやりで上げているわけじゃなくて、たぶん紳太郎も悠の動きが見えているわけで。悠もあそこに紳太郎が蹴ると考えて行っていると思うので。言ったらクロスじゃなくてパスですよね。だから俺が中野に出したやつもパスですよ。あれをクロスと言うのかパスと言うのかで、観ている皆さんの質も問われるわけで。間違っちゃいけないのはパワープレーが悪いわけじゃないし、そのボールの質ですよね。アバウトに蹴ってるのか、ちゃんとそれを狙って蹴ってるのか。それを正確に評価してほしいなというところはあります」。
――イングランドのプレミアリーグなんかだと名前はクロスでも、しっかり受け手を狙って蹴っている。そういう意味でもクロスとも言えますよね。
「まあそうですよね。だからその定義が難しい訳で。こういう話を皆さんとするのはすごく有意義なことだと思うし、その1本のクロスの話だけで、この後みんな夜話してくれればいいし、そういう風にみんなで質を高めていければ。あれをクロスと言うのかパスと言うのか。それだけでサッカーが変わりますから。あれを俺はパスだと思う」。
そういう話をバスに乗るギリギリまで、時間の許す限り応じる、応じるどころか自分から乗ってくることさえあるのが中村憲剛という選手だ。サッカーが上手くなりたい、チームを良くしたいという思いがあるのは選手として当たり前だが、日本のサッカー界をよくしていきたい、観て語る文化を作っていきたいという思いが伝わる。
そういった選手がチーム内にいて、四六時中サッカーの話をしている。プレーについて問いかけてくる。そうした空間でずっとサッカーのビジョンや質を高めてきて現在の川崎Fがあるように思う。初めてリーグタイトルを獲得した2017年あたりから、周りの選手の回答にも変化が出てきたように思う。
阿部浩之や大久保のように、中村憲剛に触れる以前から“サッカーの言葉”を持った選手も入ってきたが、やはり中村憲剛の存在なくして川崎Fの成長は語り得ない。ピッチ内外で“損失感”は続くかもしれない。しかし、これからも中村憲剛が様々な形でサッカーを言葉にすることで、日本サッカーを強くし、豊かにするエッセンスになっていくことを期待したい。
(取材・文:河治良幸)
【了】