実は苦戦していた序盤戦
最終的にブンデスリーガ、DFBポカール、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)と三冠を達成したバイエルン・ミュンヘンだが、道のりは決して順風満帆ではなかった。
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アリエン・ロッベンやフランク・リベリ、マッツ・フンメルスといったチームの核だったベテラン選手たちが去った2019/20シーズン。就任2年目のニコ・コヴァチ監督は選手たちからの信頼を失い、リーグ戦開幕から10試合を終えたところで解任された。
最後の試合はフランクフルトに5失点を喫しての大敗。コヴァチ体制の惨状を象徴するような結末になってしまった。ブロックを敷いて相手を誘い込むような消極的な守備戦術などが“王者”たる選手たちの不評を買い、冷遇されたトーマス・ミュラーやジェローム・ボアテングら主力は不満分子と化す。
迷路のような不振のトンネルを抜け出すには、監督交代という荒療治に踏み切る以外に方法はなかった。
2020/21シーズンからフランス1部のモナコを率いることが決まっているコヴァチ監督は、バイエルン時代を「重圧が非常に大きかった」「若い選手たちと仕事をするのとは全く違うものだった」と回想している。
後任に就いたハンジ・フリック監督は、2019年からバイエルンでアシスタントコーチを務めていた人物だ。もともとは次の人材が見つかるまで暫定的に指揮を執るだけの予定だったが、就任してすぐのボルシア・ドルトムント戦に4-0の完勝を収め、首脳陣は方針転換。そのまま正式な監督の座に収まった。
監督交代で全てが変わった
新監督は前任者と真逆のアプローチでチームを蘇らせた。まず守備戦術をリトリートからハイプレスに変更し、前線から激しくボールに寄せて奪うことを選手たちに求めた。
さらに左サイドバックが主戦場だったダビド・アラバをセンターバックにコンバート。攻撃的な特徴の強いアルフォンソ・デイビスを左サイドバックに据えて、大ブレイクに導いた。ニクラス・ジューレやリュカ・エルナンデスの負傷によってセンターバックは人数不足に陥っていたが、アラバの配置転換によって問題は一気に解決してしまった。
フリック監督らしい起用法はこれだけにとどまらない。前体制で冷遇されていたトーマス・ミュラーをフィリッペ・コウチーニョに代えてトップ下に据え、右サイドバック起用が多かったヨシュア・キミッヒを本職のセントラルMFに戻した。空いたディフェンスラインの右にはバンジャマン・パヴァールが充てられ、躍動感溢れるプレーを披露した。
守備時のアグレッシブなプレッシングと、ロベルト・レヴァンドフスキを中心とした流動性の高いハイテンポな攻撃が好循環を生み出し、バイエルンは徐々に本来の姿を取り戻していく。
2019/20シーズンのバイエルンを率いた2人の監督を隔てる決定的な違いは何か。それは選手たちとの信頼関係に他ならない。
フリック監督は、2006年から2014年までヨアヒム・レーヴ監督のもとでドイツ代表のアシスタントコーチを務め、2014年からはドイツサッカー連盟のテクニカルディレクターも担っていた。そのため、特にドイツ代表経験のある選手たちとの信頼関係はバイエルンにやってきた時点で完成されており、彼らの扱い方も十二分に心得ていた。
指揮官の信頼を意気に感じたミュラーやジェローム・ボアテング、レヴァンドフスキらはモチベーション高くチームをけん引した。自分たちからアクションを起こして試合の主導権を握りにいく王者らしい戦い方に、他の選手たちも意欲的な姿勢を取り戻していった。
そして、第14節のボルシアMG戦で敗れたのを最後に、第15節以降はリーグ戦20戦無敗。前半戦の首位こそRBライプツィヒに譲ったものの、引き分けを1試合挟んだだけで6連勝からの13連勝と爆発的な強さで駆け抜けた。終わってみれば圧倒的な強さで前人未到のブンデスリーガ8連覇達成である。
偉大なCL全勝優勝。そして三冠達成
CLでも史上初の全勝優勝を成し遂げた。新型コロナウイルス感染拡大にともなう中断が明け、8月に再開した後も強さは一片も失われず。チェルシーとのラウンド16・2ndレグを4-1で制すと、準々決勝でバルセロナに8-2という衝撃の大勝を収め、準決勝ではリヨンを3-0で撃破。ラストは決勝で初優勝を目指したパリ・サンジェルマンを退け、6度目の欧州制覇を果たしている。
フリック監督も「途中就任で三冠」という、これまで前例のなかった偉業を達成した。これまで3部リーグや4部リーグでしか監督経験がなかったにもかかわらず、いきなりドイツ最強クラブの監督として結果を残したのである。ドイツ代表で2014年のブラジルワールドカップ優勝に貢献した名参謀は、一人前の監督として独り立ちした。
中心選手たちの個性が最大限に発揮されるよう、緻密にカスタマイズされた戦術をシーズン中に落とし込み、チームを1つにまとめた手腕は特筆すべきものだ。監督交代によって輝きを取り戻したミュラーはCL制覇の後、「ハンジは最初の日から僕たちに自信をもたらしてくれた。もはや無敵のような感じすら受けていた」と惜しみない賛辞を送っていた。
大失敗かと思われたシーズンは、終わってみれ三冠達成で大成功のシーズンになった。超アグレッシブで高強度のプレッシングと、挑戦的な姿勢を前面に押し出したハイテンポなポゼッションを両立した2019/20シーズンのバイエルンは、サッカーという競技そのものの新しい基準すら作り上げてしまった感がある。それほどまでに驚異的な強さだった。
フリック監督の指導者としての実力が本当の意味で問われるのは、2年目の2020/21シーズンになる。当然、対戦するクラブはバイエルンを警戒して策を巡らせてくるだろう。戦力的な入れ替えもあるはずだ。その中で、いかに勝つための戦い方のバリエーションをチームに示し、ピッチ上で表現させられるか。
次々に現れる壁を乗り越えた先には、名将という評価や、長期政権、さらにはバイエルンの時代が見えてくるかもしれない。
(文:編集部)
【了】