「ダブルシンジ」直接対決
「シンジでーす!」
「シンジでーす!」
「2人合わせて、ダブル…シンジでーす!」
こんな掛け声から始まる香川“真司”と岡崎“慎司”の撮影した動画が、日本サッカー協会のYouTubeチャンネルに公開されたのは3月12日のこと。ちょうどスペインで新型コロナウイルス感染がひろがり、非常事態宣言が発令されて外出が厳しく制限される直前だった。
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あれから約3ヶ月半、サッカーのある日常が戻り「ダブルシンジ」のピッチの上での再会も実現の運びとなった。現地29日に行われたラ・リーガ2部第36節、サラゴサの香川真司は4-4-2の左サイドMFで、ウエスカの岡崎慎司は4-4-2の2トップの一角で、ともに先発出場を果たした。
両チームは昇格争いのライバルであると同時に、マッチアップは「Derbi aragones(アラゴン・ダービー)」と呼ばれるローカルダービーとなる。サラゴサとウエスカは車で1時間弱の距離にあり、まさに隣町同士のプライドをかけた戦いなのだ。
本来なら満員の観客がスタジアムを埋め尽くし、アウェイチームに強烈なプレッシャーをかけ続けただろう。サラゴサの本拠地ラ・ロマレダは郷土愛の強いファン・サポーターが独特な雰囲気を作り出すことで知られる。
だが、今は無観客試合。さらに両チームとも自動昇格の権利を勝ち取るために「負けられない」状況も揃って、やや慎重な立ち上がりになった。
最初にビッグチャンスを迎えたのは岡崎だ。8分、左サイドからクロスが上がると、相手DFがペナルティエリア内で処理にもたつく。その隙を見逃さず、ゴールに背を向けた体をひねってバイシクルシュート。さらに相手に当たってこぼれたボールにも食らいつき、連続でボレーシュートも放った。
2度のブロックに遭った際にサラゴサの選手のハンドが疑われ、VAR(ビデオアシスタントレフェリー)の確認が入ったが、反則は認められず。それでも前半がウエスカがゴールに迫った中でも、岡崎の泥臭い粘りからのアクロバティックな連続シュートが最大のチャンスだった。
香川も負けじと見せ場を作る。13分、サイドから中央に絞って自陣でボールを奪うと、自ら運んで右サイドに走ったFWルイス・スアレスへスルーパスを通す。長期離脱から復活したベネズエラ人ストライカーからの折り返しは惜しくもシュートにつながらなかったが、香川らしさがよく表れたチャンスメイクだった。
トップ下・香川真司が輝く
ただ、ウエスカがボールを握る時間も長く、サラゴサはなかなか効果的な攻撃を繰り出せない。香川もサイドでは持ち味が生きにくく、ボールに触る機会はあまり多くなかった。細かいパス交換やコンビネーション、卓越したキープ力を生かしてスルーパスにつなげるなどの技巧的なプレーを得意とするだけに、ボールタッチが少ないと魅力は発揮されづらい。
それでも前半終了間際の44分にはゴール前で決定機を迎える。ディフェンスラインからのロングボールを、右サイドバックのフリアン・デルマスが高い位置で受け、寄ってきたルイス・スアレスとのパス交換で右サイドを崩す。
デルマス→ルイス・スアレス→デルマス→ルイス・スアレスと小気味よいショートパスがつながり、ペナルティエリア内右に侵入したルイス・スアレスの折り返しに香川が合わせた。しかし、渾身の左足シュートはわずかにゴール左へと外れてしまった。
後半に入るとサラゴサは2トップの一角だったアルベルト・ソロを左サイドに出し、システム変更とともに香川をトップ下に配置転換。54分にはソロがブルギとの交代でベンチに下がり、本格的に4-2-3-1へと移行した。
すると香川の持ち味はすぐに発揮される。59分、ピッチ中央でボールを奪ったサラゴサはカウンターを仕掛け、パスをもらって反転した香川は即座に右サイドのスペースへ走ったルイス・スアレスにスルーパスを通す。
そしてお膳立てを受けたベネズエラ人FWは思い切り右足を振り抜いた。シュートはウエスカのGKアルバロ・フェルナンデスにセーブされてしまったが、紛れもなく香川によって生み出された後半最初のビッグチャンスだった。
香川は63分にも決定機を演出する。セントラルMFのダニエル・トーレスが前に出てウエスカの安易な縦パスをインターセプトすると、こぼれ球を正面で受けた香川がヒールパスで逸らし、再度ボールに触ったトーレスから左に走ったエースストライカーへ展開。しかし、ルイス・スアレスのシュートは右のゴールポストを直撃して先制点にはならなかった。
その後、香川と岡崎はともに72分の時点で交代を告げられ、同時にピッチを退いた。
混沌とする昇格争い
複数のポジションでプレーし、特に瞬時の判断が求められるカウンターの局面で次々に決定機を演出するなど香川が確かな存在感を放った一方で、岡崎にとってサラゴサ戦の72分間は不完全燃焼だったに違いない。
ウエスカの前線で献身的な守備やスペースメイキングに精を出しながら、ボールタッチは18回と極めて少なく、シュートは序盤にブロックされた2本だけ。後半はチームとしてもあまりチャンスを作れず、背番号12のサムライストライカーは二桁得点達成を前に足踏みしている。
2人の交代の後も拮抗した展開は終盤まで続いた。試合が動いたのはスコアレスドローで終わるかと思われていた後半アディショナルタイムの95分のこと。香川や岡崎のいないピッチには劇的なドラマが埋まっていた。
後方からのロングボールに抜け出したウエスカのFWラファ・ミルが決定機を迎える。サラゴサのGKクリスティアン・アルバレスが飛び出して一度は突進を防いだものの、こぼれ球を拾った途中出場のハビ・ガランがペナルティエリア内左からカットインして右足を強振し、ゴールネットを揺らした。痛み分けのはずだった試合は、ほんの数秒間で互いにとって後味の全く違うものに変貌した。
当然、ウエスカの選手たちはベンチになだれ込んで、ソーシャルディスタンスなどお構いなしの大歓喜。サラゴサの選手たちは、ゴールの前にファウルがあったことを主張して主審に食い下がった。その結果、執拗に抗議したミゲル・リナレスとイニゴ・エグアラスにはイエローカードが提示され、ウエスカのゴールも認められた。
もともと後半のアディショナルタイムは「5分」。試合を再開させた瞬間に「終了」の笛が鳴り、ウエスカがアウェイでのダービーマッチを1-0で制した。
この試合の結果によって、ラ・リーガ2部の昇格争いはより激しさを増している。2位サラゴサは勝ち点61のままだが、勝ち点を58に伸ばしたウエスカは、グティ監督を解任して不振のアルメリアを抜いて3位に浮上した。
自動昇格圏内の2位とプレーオフに進む3位との勝ち点差はわずかに3ポイント。もしサラゴサとウエスカが最終的な勝ち点で並べば、今季は直接対決で2勝している後者が順位表では上に立つ。残り6試合、まだまだ何が起こるかわからない。
首位カディスも62ポイントと上位は非常に僅差で、まだまだサラゴサやウエスカに優勝も同時自動昇格の可能性も残されている。2人の日本代表選手がしのぎを削り、ラ・リーガ1部を目指す白熱のラストスパートから目が離せない。
(文:舩木渉)
【了】