不可解な大型トレード
「こんなことが起きているのは異常だ」
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26日の記者会見で、今季途中からバルセロナの指揮を執るキケ・セティエンはアルトゥールのユベントス移籍についての質問にこう答えている。
それから数日、近年まれにみる大型トレードが発表された。ブラジル代表MFのアルトゥールがユベントス、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表MFのミラレム・ピャニッチがバルセロナで来シーズンからプレーすることになっている。移籍が決まる数日前まで、アルトゥールは残留を希望していたにもかかわらず、である。
アルトゥールは2018年夏にグレミオからバルセロナに移籍している。アンドレス・イニエスタの後釜として1年目からリーグ優勝に貢献。コパ・アメリカ2019(南米選手権)ではブラジル代表を優勝に導いた。バルセロナではアルトゥーロ・ビダルやフレンキー・デヨングより序列は下がるものの、23歳と若いアルトゥールにかかる期待は大きかった。
アルトゥールはバルセロナとの契約を4年も残していた。ただ、移籍金3000万ユーロ(約39億円)とインセンティブ最大900万ユーロ(約11億円)でバルセロナに加入したことを踏まえれば、2年間で移籍金7200万ユーロ(約87億円)とインセンティブ1000万ユーロ(約1億2000万円)まで釣りあがっているのは不自然に見える。
さらに、バルセロナが若いアルトゥールを放出したことにも疑問が残る。イバン・ラキティッチ、セルヒオ・ブスケッツ、ビダルは30歳を越えている。20歳のリキ・プッチを主力として数えるのはまだ早い。23歳のアルトゥールはデヨングとともにこれからのバルセロナを支えていくはずだったのではないか。
さらに、ピャニッチの移籍金が6000万ユーロ(約72億円)と500万ユーロ(約6000万円)のインセンティブいうのは高すぎる。バルセロナにとっては喉から手が出るほど欲しかった選手というわけでもなく、30歳のMFに払う額としてあまり現実的とは言えない。アルトゥールを手放してまで獲得する選手というわけでもないというのは、少し考えればわかるはず。結果的にバルセロナが受け取ったのはわずか1200万ユーロである。
会計上の抜け道
しかし、財務的な問題を解決するためと考えると、不自然に高い移籍金も戦力的に必要性のないように見えるトレードも合点がいく。
形式の上では両選手がトレードされ、移籍金の差額となる1200万ユーロをバルセロナが受け取ることになる。しかし、会計上は移籍金全額がそのシーズンの利益として計上されるのに対して、支払う移籍金は減価償却される仕組みになっている。
つまり、バルセロナ側から見れば、アルトゥールの売却により7200万ユーロの利益を得ることができた。そして、ピャニッチの獲得に要した6000万ユーロは会計上4年間に分割され、1年あたりに支払うのは1500万ユーロ(約18億円)という形になる。年俸を考慮から外せば、このトレードで得た本年度のバルセロナの利益は5700万ユーロ(69億円)ということになる。
ユベントスもアルトゥール獲得のための費用は減価償却される。こちらは5年契約だが、7200万ユーロは4年間で支払われるという。1年あたりでは1800万ユーロ(約22億円)となり、4200万ユーロ(約51億円)の利益が出る計算となっている。
制度上の抜け道として、実質的なトレードであっても移籍金を高くする必要があった。あまりにも法外な金額だと不正になってしまうので、できるだけ高い金額で現実的なラインを突いたということだった。
新型コロナウイルスにより受けた経済的損失に対処するため、UEFA(欧州サッカー連盟)はファイナンシャル・フェアプレー(FFP)の一時的な緩和を決定している。それでも、両クラブの財務的な問題を解決するために、利益が出る「ように見せる」トレードが実現されてしまった。
アルトゥールとピャニッチが選ばれた理由
では、なぜ彼らが選ばれたのだろうか。
バルセロナは昨夏も問題をクリアするために動いていた。減価償却による単年の計算では、1億2000万ユーロ(約145億円)で獲得したアントワーヌ・グリーズマンは2400万ユーロ(29億円)、7500万ユーロ(約91億円)で獲得したフレンキー・デヨングも1500万ユーロを払っていることになる。マウコムは獲得時を上回る額で売却できたが、グリーズマンとデヨングの獲得資金に消えてしまっている。
そこで、バルセロナは放出候補を探した。ただ、放出できれば誰でもいいわけではない。獲得時の移籍金を上回っているか、もしくはそれをすでに減価償却できていなければいけなかった。
まずはイバン・ラキティッチの売却を模索している。しかし、昨夏の時点で31歳、2年の契約を残していたこともあり、なかなか買い手がつかなかった。契約が残り1年となった今夏はセビージャ復帰が濃厚なようだが、昨夏に設定された移籍金よりは低くなるだろう。ただ、当初の契約年数は19年夏までで減価償却はクリア、加入時の移籍金は1800万ユーロとお手頃だったため、今回の条件には合致する人材だった。
ジェラール・ピケやリオネル・メッシはアンタッチャブルで、マルク=アンドレ・テア・シュテーゲンやルイス・スアレスも同様に不可能。実現すれば財務的な問題はクリアできても、会長はソシオから不信任案をつきつけられてしまう。まだ減価償却ができてないウスマン・デンベレやフィリッペ・コウチーニョを獲得時以上の金額で売却するのは難しかった。
アルトゥールは契約を4年残していたが、獲得時に費やした倍額以上で売ることができた。財務的な課題を解決できる人材を探した結果、多少の批判は承知の上でアルトゥールが選ばれたということになる。一方で、バルセロナはピャニッチの契約解除金を4億ユーロ(480億円)に設定。減価償却という理由で、ピャニッチは34歳まで移籍させることが事実上できなくなっている。
ユベントス側からしてみても、財務上のうまみを得たうえで、アルトゥールを獲得できるメリットは大きい。インセンティブを除けばユベントスが結果的に支払った金額は1200万ユーロ。マウリツィオ・サッリとピャニッチは溝が深まっており、「ジョルジーニョ・ロール」が求められるアンカーには23歳のロドリゴ・ベンタンクールが評価を上げていた。ユベントスにとっても一挙両得のトレードと言えるはずだ。
移籍が決まる前、セティエンは「もし彼(アルトゥール)が出ていくという運命であるなら、それを受け入れるしかない」と言ったが、一番大きな理由はお金の問題だった。しかも、利益が出るわけではなく、FFPの制度上の抜け道を突いて誤魔化しただけ。アルトゥールもピャニッチも両クラブの問題を一時的にうやむやにするための駒として使われたに過ぎなかった。
(文:加藤健一)
【了】