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代表 5年前

ベルギー代表、背番号10の系譜。20世紀屈指のファンタジスタに現代最高のドリブラーまで

2000年代のベルギー代表は低迷していた。しかし、1990年代と2010年代の“レッドデビルズ”には、その時代を象徴する名手たちが揃い世界の舞台で輝きを放っていた。そして小国ながら多様なサッカー文化が交差し、混じり合って数々のビッグタレントを輩出してきた歴史がある。その中でも華麗なテクニシャンが着用してきた背番号10の系譜を、ベルギー代表が参戦した18年ロシア大会までのワールドカップの戦いぶりとともに振り返る。

シリーズ:編集部フォーカス text by 編集部 photo by Getty Images

アメリカワールドカップ(1994)

エンツォ・シーフォ
【写真:Getty Images】

背番号10:エンツォ・シーフォ(モナコ)
生年月日:1966年2月19日(当時28歳)
個人成績:4試合出場/0得点1アシスト
戦績:ベスト16



 シチリア島からのイタリア人移民家庭に生まれ、18歳でベルギー国籍を取得。直後のEURO1984に出場して脚光を浴びた。ワールドカップには20歳だった1986年のメキシコ大会から1990年、1994年、1998年と4大会連続参戦を果たしている。初出場だったメキシコ大会ではベスト4進出に貢献した。

 2大会連続で背番号10を託されて臨んだ1994年大会では、グループリーグ全試合と決勝トーナメント1回戦の全4試合に出場した。しかし、最後はドイツ代表に2-3で敗れて2大会ぶりの準々決勝を逃した。

 予測不能なファンタジー溢れるプレースタイルで20世紀終盤の欧州サッカー界を代表する選手の1人となったシーフォは、ミシェル・プラティニに「20世紀最後のゲームメイカー」と称えられた。抜群のキープ力とパスセンスでベルギー代表通算84試合に出場している。

 2000年の現役引退後は指導者に転身し、2015年から2016年にかけてU-21ベルギー代表監督も務めた。最新のFIFAランキングで1位のA代表にも多数の教え子を送り込んでいる。

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