サッカーのある週末は戻ってきたが…
ようやく本格的に「サッカーのある週末」が戻ってきた。先週末には韓国で新シーズンが開幕を迎えたが、日本でKリーグをテレビ視聴する方法はない。ドイツ・ブンデスリーガの再開がどれほど待ち遠しかったことか。
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新型コロナウィルスの感染拡大にともなって約2ヶ月間にわたり中断されていたリーグ戦が日常に戻ってきたとはいえ、姿形はかつてのものとは全く違った。おそらくテレビを通して見ている誰もが「物足りない」「寂しい」といった感情を抱いたことだろう。
常に8万人が集結するジグナル・イドゥナ・パルクの観客席は空っぽで、声援も歌声もない。最低限の人員で試合が運営されるため、スタジアムに入場を許されたのは選手やスタッフも含めて321人だけ。ピッチに入る際の整列や握手もなく、集合写真撮影もない。
試合中の選手や監督の声、ボールの音がスタジアム内に響く様子は、どこか虚しかった。新型コロナウィルスとの戦いの末に戻ってきたサッカーには、絶対的に「情熱」や「熱狂」が欠けていた。
プライドとプライドがぶつかりあうレヴィア・ダービーも、無観客試合になるとただの「ドルトムント対シャルケ」に過ぎず、ジグナル・イドゥナ・パルクもシャルケ公式ツイッターの言葉を借りれば「無駄に大きい近くのスタジアム」になってしまった。
ドルトムントを率いるルシアン・ファブレ監督は4-0で勝利を収めたシャルケ戦後、バーチャル会見の中で「ゴールに向かってシュートを打っても、素晴らしいパスを通しても、そしてゴールを決めても…何も起こらない。本当に、本当に奇妙な感じだ。ファンがとても恋しい」と率直な心情を語った。
ゴール前の激しい攻防はあっても「ウーッ!」「ワーッ!」「オーッ!」がない。見た目はプロサッカーの公式戦でも、本来あるべきサッカーの姿に近いようで遠かった。
だが、この男にとって観客のいる・いないは全く関係なかった。アーリング・ブラウト・ハーランドは約2ヶ月ぶりの公式戦にもかかわらず、ブランクを感じさせない圧巻のパフォーマンスを披露。ドルトムントの4ゴール全てに関与し、自らも先制点を決めて見せた。
いつもと変わらない19歳
「もちろん僕は(以前と)同じではない。7週間も試合をしていない。だけど、その期間もハードワークをしてきたし、(ゴールを決められたことに)驚いてはいないよ」
試合後にブンデスリーガ公式のインタビューでそう述べた恐るべき19歳は、確かに身体的に精神的にも充実していた。
29分、ウカシュ・ピシュチェクからユリアン・ブラントに縦パスが通ると、その背後にできた右サイドのスペースへトルガン・アザールが飛び出す。ブラントはワンタッチで逸らし、フリーでボールを受けたアザールもワンタッチで低くて速いクロスをゴール前に供給した。
ゴール前でそのクロスに合わせたのがハーランドだった。レヴィアダービーにおけるノルウェー人初得点者となった19歳は、ゴールに対しほぼ垂直に走り込みながら、ニアサイドで体を開いて右サイドからのクロスに左足で合わせてコースを変えた。
イメージしにくいかもしれないが、かなり難しい体勢でボールが来る方向と反対の足を出し、柔らかいコントロールで少しだけ軌道を変えて、ゴールの左隅を狙ったのだ。身長194cmと大柄ながら、あれだけ柔軟な足先の技術とゴール前での落ち着きを兼ね備えた19歳のなんと恐ろしいことか。さらに「ソーシャルディスタンス」を意識したゴールセレブレーションまでしっかりと用意していた。
ハーランドの魅力はゴールを奪うことだけではない。チームのために自分の身を犠牲にすることすらいとわず、周りの選手を活かすための地味な動きも一切サボらない姿には目を見張る。基本的には最前線にどっしりと構えながら、ボールがハーフウェーラインを越えて前進してきたタイミングでスイッチを入れて動き出す。
時に下がりながらボールを受けてポスト役をこなしたり、またある時は相手ディフェンスの死角に入ってラストパスを受けたり。センターバックと駆け引きしながら細かいステップを踏んで背後を取り、クロスやスルーパスにタイミングを合わせる動きは秀逸だ。ボールが動くたびにハーランド自身も動き直してポジショニングを調整し、90分間を通して何度でもサボらずそれを繰り返す。結果的に全てはゴールを奪うためという大目的につながっていく。
9試合出場10得点3アシスト
45分の2点目の場面ではペナルティエリア内でハーランドがボールを要求し続けたことによって相手DFは対応が一瞬遅れたうえ、迂闊にマークを捨てることができず、ラファエウ・ゲレイロのフィニッシュを阻めなかった。
後半開始早々の48分には、自陣からのカウンターで一気にボールを運んだハーランドが相手に潰されながら左前方のブラントへパスを通す。そして、右サイドを猛然と駆け上がってきたアザールが見事にカウンターを完結させて3点目が生まれた。
試合の勝敗をほぼ決定づけた状況でもノルウェー産の怪物FWは容赦なかった。63分、ゲレイロからの横パスをペナルティエリア手前で受けると、ファーストタッチで相手ディフェンス2人を引きつけてパスを返す。ポルトガル代表のウィングバックは完璧なタイミングのお膳立てを受けてこの日2ゴール目を奪取。ドルトムントのリードが4点に広がった。
ちょうど1年前、ハーランドはU-20ワールドカップでゴールを量産していた。ポーランドで取材しながら、9得点を決めたホンジュラス戦のパフォーマンスに衝撃を受けたのをよく覚えている。当時はそれほど有名ではなかったストライカーの躍動を目の当たりにした世界中のサッカーファンが「あいつは誰だ!? とんでもない才能じゃないか!」と気づき始めた頃だっただろう。
レッドブル・ザルツブルクでブレイクしつつあった駆け出しの有望株は、たった1年で世界のトップクラスに肩を並べるまでになった。冬の移籍市場でドルトムントへ移籍し、ブンデスリーガ9試合出場で10得点3アシストという数字がハーランドの驚異的な成長ぶりを何よりもよく表している。
ドルトムントの選手たちはシャルケとの“ダービーマッチ”に4-0の快勝を収めたあと、誰もいないゴール裏スタンドに向かっていつも通りのパフォーマンスを行った。ハーランドの眼には、何が見えていたのだろうか。急激な変化の中に身を置きながら「いつも通り」を貫ける恐るべき19歳の進撃は止まらない。
(文:舩木渉)
【了】