新型コロナ感染者は「ゼロ」
未知の疫病の流行はとどまることを知らず、世界中で猛威を振るっている。もちろんサッカー界にも新型コロナウィルスが甚大な影響を及ぼしており、ほとんどの国・地域でリーグ戦やカップ戦が休止に追い込まれた。再開のめども立っていないのが現状だ。
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そんな中でもプロリーグの開催が継続されている国がいくつかある。そのうちの1つがタジキスタンだ。
日本のJリーグと同じく春秋制を採用しているタジキスタンでは、4月上旬にスーパーカップが開催され、直後に2020シーズンのリーグ戦が開幕。無観客試合になってはいるものの、その後も通常通りのペースで公式戦の開催が続けられている。
中央アジアでも最も貧しい国の1つに数えられる彼の国で、なぜリーグ戦を開催できるのか。その理由についてアジアサッカーを幅広く扱う独立メディア『The Asian Game』のポッドキャストが、タジキスタン1部の強豪FKホジェンド(編注:本来の発音は「フジャンド」だが、日本語の一般的な表記に準じ本稿では「ホジェンド」を用いる)を率いるニコラ・ラザレビッチ監督にインタビューを実施。英語ではあるものの、4月9日から配信されている最新回で全編を聞くことができた。
そこからヒントを得て日本語でもタジキスタンサッカー界の現状について発信できないかと考えた筆者は、ラザレビッチ監督への直接の取材を模索した。そして、あるSNSを通じて彼とコンタクトを取ることに成功。電話による取材を快諾していただき、日本時間4月12日深夜にインタビューを行った。
「タジキスタンでは新型コロナウィルスの感染者はまだ1人も出ていません。世界でも新型コロナウィルスの影響が及んでいない数少ない国の1つです。ここでは全てが普通に動いています。人々は街中を歩き、スーパーマーケットや仕事に行きますし、道端では子どもたちが遊んでいます。まだ日本や欧州、アメリカのように新型コロナウィルスによる大きな影響が出ているとは言えませんね。
ただ、少しばかり不安を抱いてはいます。政府のアドバイスに従って、多くの人々がマスクをつけています。カフェやバー、レストランでも手を洗うための水が用意されています。一方で、そういった警戒が新型コロナウィルスの感染者を出していない要因なのかなと思っています。今はまだ安全ですし、全ての政府からのアドバイスが機能していると思います」
7000人以上を検査も「全員陰性」で…
ラザレビッチ監督は自身が暮らすタジキスタンの日常についてこのように語った。FKホジェンドが本拠地を置くホジェンドの街は首都ドゥシャンベの北300kmほどに位置し、ソグド州の州都に定められた国内で2番目に大きな都市だ。
タジキスタンでは確かに現時点で新型コロナウィルスの感染者は出ていないと公式に発表されている。水際対策として首都ドゥシャンベの国際空港は3月19日から閉鎖され、その前後に入国した者には2週間の検疫と自宅および宿泊施設での自己隔離が義務づけられるなど水際対策もとられている。
とはいえ現地の報道によれば7000人以上が新型コロナウィルスの検査を受け、全員が陰性だったという。60歳代の男性が肺炎で死亡した際に一部で「新型コロナウィルスではないか」と憶測が生まれたものの、政府が公式に「検査は陰性だった」と発表したことも伝えられている。
日本や世界の現状を鑑みれば「7000人が全員陰性」というのは少々奇妙なように思えるが、これがまさにタジキスタンなのだ。エマモリ・ラフモン大統領は憲法で任期無制限が保証され、強大な権力を有している。同時に政府の力が非常に強く、昨年筆者がタジキスタンを訪問した際も非常に「管理」が行き届いた社会が形成されていると感じた。日本代表戦を開催したスタジアムは警察や軍を動員して厳戒態勢が敷かれ、街中にもそこかしこに旧ソ連的なカルチャーをいまも残している印象だ。
「政府が公式に誰かが感染したと発表する選択肢もあるのでしょうが、そうするとパニックを起こす可能性があります。とはいえ、誰も感染していないというのも本当なのかなと思っています。もし感染者が1人でも見つかれば、全てが変わるでしょう。あらゆる場所が閉鎖され、収束するまで国が閉じられることになると思います。とはいえ現時点で私たちが普通の生活を送れているのは間違いないですし、新型コロナウィルスについて過剰に心配しているわけでもありません」
ラザレビッチ監督はこのように述べ、サッカーのリーグ戦が開催できている理由も「新型コロナウィルスの感染者が公式に1人も出ていないからこそ」だと強調する。無観客での開催も「全員にとっていい決断だった」と、新型コロナウィルス感染者ゼロの現状と将来を見据えた対策のバランスを取ったサッカー連盟の判断を支持する。
リーグ戦継続が「大きなチャンス」になる理由
また、全世界的にサッカーの公式戦が開催されていない中でもタジキスタンがその影響を受けていないことが、同国のサッカー界の将来のために大きなチャンスになるとも考えている。2013年に初めてタジキスタンで仕事をしてから、代表チームや絶対王者イスティクロルなどで指導にあたってきたラザレビッチ監督は、3度にわたってタジキスタンで仕事をする中で同国の変化と成長を目の当たりにしてきたからこその意見を持っている。
「この数年間を通じてサッカーの国としてのタジキスタンの大きな可能性を感じています。特に若い世代には非常に才能ある選手が多く、幸か不幸か、今はそういった若手選手たちが試合の中で自分自身を表現するチャンスがあります。ほとんどの国でサッカーができない中、世界中でタジキスタンリーグの試合を見る機会があるのです。大きなチャンスであることに間違いありません」
ラザレビッチ監督は驚異的なスピードでタジキスタンサッカー界が発展していく様を目の当たりにしている。「私が初めてこの国に来た7年前と現在を比較すると、特に首都のドゥシャンベは大きく変わりました」という実感もともなっているようだ。
政府のバックアップを受けたタジキスタンサッカー連盟はスタジアムや人工芝グラウンドなどの整備を推進し、海外からの新しいシステムや考え方を積極的に採り入れていった。今もドゥシャンベ市内に新しいナショナルスタジアムが建設中だという。
タジキスタンサッカー界の成長
こうした環境整備や指導、教育レベルの向上が徐々に実りつつあり、1つの成果として表れたのが昨年のU-17代表のU-17ワールドカップ本大会出場だった。グループリーグ初戦ではカメルーンに勝利し、敗れたもののアルゼンチンやスペイン相手にもゴールを奪うなど善戦した。ちなみにU-17タジキスタン代表のアシスタントコーチは、かつて藤枝MYFCなどで監督を歴任した日本人の水島武蔵氏が務めていた。
昨年10月に2022年カタールワールドカップ2次予選で日本代表と対戦した際は、直後のU-17ワールドカップで正守護神としてゴールマウスを守る17歳のGKショフルフ・キルギスボエフ(写真)がA代表のベンチに座っていた。ウズベキスタン人のウスモン・トシェフ監督も20歳前後の若手を積極的にA代表へ引き上げていく姿勢を見せている。
日本代表には0-3で敗れたが、2011年のブラジルワールドカップ3次予選で対峙した際の「0-8」というスコアと比べても、その差が大きく縮まっていることがよくわかる。こうしたタジキスタンサッカー界の成長を全世界にアピールするチャンスが、新型コロナウィルスの流行拡大によって転がってきたとも言えるだろう。
「この国では日本や中国、イラン、韓国などとは事情が違います。非常に優れたクオリティや可能性を秘めた若い選手が多くいても、彼らのほとんどに代理人がついていません。だからこそ彼らは自分自身のプロモーションのためにプレーしています。より大きな海外のリーグやクラブに挑戦するためです。優れた選手でも、多くは自分で海外に行くことが難しいんです。
そう考えると今の状況は彼らにとってプラスに働くのではないでしょうか。才能ある若い選手たちが自分の能力や潜在能力を示せば、世界中の代理人の目に止まります。全世界の眼がタジキスタンリーグを見ているのです」
「次のステップで日本に行きたい」
今季のタジキスタンリーグは10代や20代前半の選手たちにとって、海外移籍のチャンスを掴み、ひいては代表チームの強化にも直結しうる巨大なショーケースとなるチャンスが秘められているのだ。ラザレビッチ監督はその中で自らが抱える選手たちを成長に導きつつ、大きな野心を胸に仕事を続ける。
「私がFKホジェンドのオファーを受けるうえでの最大のモチベーションは、AFCカップを勝ち取ることです。今年の1つ目の目標はAFCカップのグループリーグを突破すること、そして2つ目はリーグ優勝を果たしてAFCチャンピオンズリーグ(ACL)出場権を獲得することなんです。今は新型コロナウィルスの影響で中断されていますが、まずはAFCカップのグループリーグを突破することが重要で、その先にクラブとしての今季最大の目標があります。
国内リーグでは、もし私たちに優勝のチャンスがあるのなら、どんなチャンスでも掴みたいと思います。ですが、今はイスティクロルが国内最強クラブなので、より良い結果を見せられるよう最大限の努力をして、優勝という目標を達成できるよう頑張りたいと思います。なぜなら今年まではリーグ戦上位3クラブがAFCカップに出場できましたが、今年のリーグ戦で優勝すれば来年のACLでグループリーグに直接出場できるのです。2位のクラブはAFCカップのグループリーグに回ります。これは大きな違いです。
タイトルを獲得できるチャンスはクラブにとっても、選手にとっても、さらにはホームタウンにとっても大きなモチベーションになります。とりわけホジェンドの街はトロフィーの獲得を何年も待ち望んでいます。私たちには成功のチャンスがあります。スーパーカップではイスティクロルに敗れましたが、まだ多くのチャンスがあるので、全力を尽くして臨みたいと思います」
そして、最後に新型コロナウィルス感染拡大の影響で我慢を強いられ、サッカーに飢える日本のファンにメッセージをくれた。
「サッカーに恋に落ちた日本の皆さん、国内外のサッカーをなかなか見られない状況だと思いますが、私もサッカーがない日々の辛さは本当によくわかります。でも、新型コロナウィルスが大流行する今は身の安全が何よりも大事です。健康に気をつけて、ご自宅でぜひタジキスタンリーグを見てください。もしかしたらそれほど魅力的ではないかもしれませんが、非常に優れた若手選手たちの素晴らしいプレーをお見せできると思います。
私は日本のサッカーが大好きで、もちろん私と同じセルビア人選手たちがJリーグで活躍していることも、個人的に面識はありませんがランコ・ポポヴィッチさんが監督をされていることも知っていますよ。彼は素晴らしい指導者ですね。実は私も指導者としての次のステップで日本に行くことができればいいなと思っているんです。新型コロナウィルスの流行が収まって、いつの日か、日本で皆さんとお会いできることを願っています」
(取材・文:舩木渉)
【了】