「HTまでに3-0になっていたはずだった」
また同じことの繰り返し。なでしこジャパン(日本女子代表)は現地8日に行われたシービリーブスカップ2020の第2戦でイングランド女子代表に0-1で敗れた。大会2連敗という結果以上に、負け方の後味の悪さが際立つ一戦になってしまった。
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イングランドを率いるフィル・ネヴィル監督は、試合後にイギリスの中継局『BBC』のインタビューで次のように語ったという。
「フラストレーションが溜まったのは、4-0の試合だったということだ。ハーフタイムまでに3-0になっていたはずだった。そうはならない状態が長引いてしまったことでフラストレーションを溜めていたと思うし、(想定通りに)戻れると思っていた。それでも我々の試合のコントロールや忍耐は素晴らしく、彼女たちを誇りに思っている」
初戦からスタメンを6人入れ替えたなでしこジャパンは、1-3で敗れたスペイン戦よりもボールを握れていた。序盤から「やりたいこと」をある程度表現できていたように思う。だが、「ハーフタイムまでに3-0」になっていてもおかしくはなかったのも事実だ。
イングランドは前半、日本のビルドアップに全て激しいプレッシャーをかけるのではなく、段階的に対応を変化させてきた。ボールを失った位置によってプレッシャーをかける度合いを調節し、日本の選手たちが前向きにボールを持って組み立て始めると4-5-1のブロックを作って自陣に引いっていった。
逆に相手陣内でのボールロスト直後や後ろ向きのパスが続くと、猛プレスでGKまで追いかけ回す。スペイン戦でも課題だったビルドアップの拙さに狙いを定め、カウンターでゴールまで迫る形をフィル・ネヴィル監督は仕込んできた。
「我々は相手陣内でプレーし、チャンスを作りたい。攻撃のアプローチにおいて無慈悲かつ冷酷になりたいと思っている。前線の5人が自分を表現する絶好の機会だ。それが我々が彼女たちに与えたステージだ」
フィル・ネヴィル監督が試合前にそう語ったように、4-3-3の3トップ+2インサイドハーフが活力溢れるプレーで攻撃に勢いを与えた。
立ち上がりの3分、イングランドのスルーパスをGKのバックパスで処理しようとした右サイドバックの清水梨紗に背後から寄せて、油断した瞬間を突いて左ウィングのローレン・ヘンプが飛び出す。もしシュートが入っていれば早々に失点していてもおかしくなかった。
周到だったイングランドのペース配分
13分にも日本に大ピンチがあった。セントラルMFの三浦成美が安易な横パスでミスをすると、それを見逃さずイングランドのMFジョーダン・ノッブスが引っ掛けてワンタッチでスルーパスを通す。それに抜け出した1トップのFWべサニー・イングランドとの1対1でGK池田咲紀子がファインセーブを見せていなければ、失点は避けられなかっただろう。
フィル・ネヴィル監督が言った「ハーフタイムまでに3-0」の「3ゴール目」は32分に逃した決定機を指していると思われる。自陣から手数をかけずロングボールを使いつつ、右ウィングのクロエ・ケリーが潰された背後からノッブスが飛び出し、イングランドへラストパス。今大会初先発のチャンスをもらった背番号9のストライカーは、再び池田に厳しいセーブを強いた。
もちろん日本にも決定機はあったが、4-5-1の堅いブロックを崩しきれず、シュートは遠目からのものが多くなった。ペナルティエリア内でGKと1対1になるようなチャンスを生み出せなかったのが現実だ。前半はある程度ボールを持たされていて、イングランドが牙を隠していたことがわかるのは後半になってからだった。
なでしこジャパンは昨年、イングランドに2度敗れている。ちょうど1年前のシービリーブスカップでは0-3、昨夏のFIFA女子ワールドカップでは0-2だった。つまりフィル・ネヴィル監督が作り上げたチームから1点も奪えていないのだ。もちろんFIFAランキングでも上回られている。
相手には1年で2度勝っていることからくる自信もあっただろう。メンバーを入れ替えつつも一貫した戦い方でチームを作っている指揮官は、日本の特徴をリスペクトしつつ90分間で確実に仕留めるためのプランを練っていた。
後半になるとイングランドは布陣全体を押し上げて、日本陣内でプレーする時間を長くしてきた。やはり中2日の3連戦ということもあって、選手起用にも試合中のパフォーマンスにもペース配分が重要になる。フィル・ネヴィル監督はメンバーをやや落とした日本戦の前半はギアを上げ切らず、後半により圧力をかけていくつもりのようだった。
攻守にチーム力の差を見せつけられ…
選手交代も効いた。日本は前半終了間際に清水がタックル時に足首を痛めて交代するアクシデントがあったものの、後半の高倉麻子監督の采配も前線を入れ替える場当たり的なものが目立った。一方でフィル・ネヴィル監督は6人の交代枠をフル活用し、ジル・スコット、エレン・ホワイト、ニキータ・パリス、トニー・ダッガンなど主力級のアタッカーを次々に送り出してピッチにエナジーを注入していった。
すると、なんとか耐えていた日本のディフェンスラインが一瞬の綻びで崩壊する。83分、中盤で相手に追い込まれた杉田妃和が、苦し紛れのバックパスを出すと、ミスの連鎖が始まったのだ。受け手になったセンターバックの三宅史織は慌てて外に逃げようとするが、ここでミスパスをダガンに奪われて、ゴール前にクロスを上げられる。
守備陣形が全く整っていなかった日本のペナルティエリア内は総崩れに。ホワイトを完全フリーにしてしまい、あっさりとシュートをゴールに流し込まれてしまった。結局、なでしこジャパンは後半のイングランドの変化に対応しきれず後手を踏み続けた末に決勝点を献上した。
ハーフタイムに英『BBC』の解説を務める元イングランド女子代表DFラウラ・バセットは「2度のGKとの1対1があったのに。代表戦なら、ゴール前で冷酷でなければならないわ」と決定力不足を嘆いていたが、杞憂に終わった。ピッチに立っていた彼女たちは十分すぎるほどに無慈悲で冷酷な戦い方で日本を痛めつけた。じわじわと力を吸い取り、決めるべきところで必要なゴールを奪って勝利したのだ。
イングランドは2人のセンターバックの間を広げ、両サイドバックに高い位置を取らせ、相手を押し込むポゼッション志向の強いチームだ。4-3-3の両ウィングに1対1の局面を作らせ、時には2列目からインサイドハーフが飛び出し、浅い位置からの斜め方向のクロスなども多用する。実に現代的な戦術を、フィル・ネヴィル監督は仕込んでいる。
こうした戦術を自ら事細かに解説する動画もYouTubeで見ることができる。さらにピッチ外では専門家の力を借りながら個々の月経周期に合わせたトレーニングプログラムを組んで調整に活用するなど、イングランドで選手たちから慕われるのも道理だ。
日本はどうだったか? GKに池田が起用されたことで少し落ち着いたが、相変わらずビルドアップは不安定で、未整備な部分が多く、安易なバックパスや横パスのミスを突かれる原因になっている。失点もスペイン戦のデジャヴのようだった。
試合の流れに合わせて戦い方を変えるようなオプションも持っておらず、チーム全体で共有しているベースの部分が非常に脆弱に見える。さらに攻撃も選手の自主性に委ねられている部分が大きく、再現性の高いパターンはほとんどない。イングランド戦ではロングパス1本に田中美南が抜け出す形で何度かシュートチャンスを作ったものの、2戦を通じてほとんど「崩し切った」と言えるようなシーンがないのは大きな問題だ。
指揮官の力量差は明らか
試合後、テレビインタビューで高倉監督は「自分たちがゴールに迫るパワーが足りなかったと思います。その辺からボールを拾われた後の速攻に脅威を感じて、という流れが多かったですね」と敗戦を総括した。
「どこかでスイッチを入れていく攻撃がなかなかできない中で、圧力を受けてしまった」「いかにゴール前へ差し込んでいってシュートで終わってくることが大事になってくる」とも語ったが、果たしてどこに「スイッチ」を仕込んで、どのように「差し込んで」いくパターンを想定していたのか。相変わらず具体性を欠く、解像度の低い回答の連続だった。
「自分たちは自分たちの武器で戦うしかないと思いますし、色々な意味での強度だったり集中度だったりはまだまだ低いなと感じるので、下を向かずに、自分たちにやれることを整理して挑みたいと思います」
大会2連敗で迎える日本の最終戦は、東海岸のニュージャージー州から西海岸のテキサス州までの移動を挟み中2日でのアメリカ戦になる。もちろん今大会はイングランドとスペインを下して2連勝、現在FIFAランキングでもぶっちぎり1位の世界最強チームだ。これまで以上に力の差を見せつけられる苦しい試合になるのは間違いない。
他方イングランドは優勝の可能性を残し、1勝1敗同士の対戦となるスペイン女子代表との最終戦に臨む。「2勝できれば素晴らしい成果だ」と勢いづき、なでしこジャパンとチーム状態は対照的だ。現役時代にマンチェスター・ユナイテッドなどで輝かしいキャリアを築き、勝つことの意味を深く知り尽くすフィル・ネヴィル監督は誇る。
「我々にはキャンプから本物のスピリットが構築されていると感じている。本当の一体感は勝利から生み出されるものだ。トップレベルのスポーツでは勝つことが最も重要で、チーム内の幸せと団結を本当に嬉しく思っている。そして、もちろん最後までたゆまぬ努力を続けていくよ」
1年で同じ相手に3敗。その度に見せつけられるのは、選手のクオリティだけでなく監督の指導力の歴然とした差だ。選手たちの自主性を重んじる高倉監督と緻密な計画と準備でチームを引っ張るフィル・ネヴィル監督にどうしてここまで大きな違いが生まれたのか、徹底的に検証しなければ日本女子サッカーの成長は止まったままになってしまう。
(文:舩木渉)
【了】