「クボ主義」がスペインを魅了
RT si tú también eres fan del ‘KUBISMO’.
ラ・リーガ公式ツイッターは、現地7日に行われたエイバル対マジョルカの終了後にこう投稿した。直訳すれば「あなたも『クボ主義』のファンならリツイート」となる。もちろん即リツイートである。
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エイバル戦に先発出場した久保は、献身性と創造性を融合させた彼らしいパフォーマンスで全得点に絡む活躍を披露。マジョルカは2-0で苦しい展開の試合を制し、アウェイで今季初勝利を収めた。
まさに「クボ主義」がピッチ上で体現された。スペイン語の“KUBISMO”=「クビスモ」=「クボイズム」が、20世紀初頭にかの天才パブロ・ピカソらが生み出した“CUBISMO”、すなわち「キュビスモ」=「キュビスム」とかかった言葉だとしたらさらに面白い。
複数の視点から物の形を1つの画面上に収め、単一焦点による遠近法を放棄した「キュビスム」はスペインが生んだ天才芸術家ピカソの代名詞的な画法で、当時の美術界に革命をもたらした。一見すると何が描かれているのかわかりづらいが、決して抽象的ではなく、あくまで具象にこだわって数々の名作とともに一時代を築いたのである。
久保のプレーも天才的なテクニックや創造性のみならず、チームの一部として機能する守備での献身性や、複数の役割に対応する柔軟性といった多面性を持ち、それらを1枚のピッチの上で惜しみなく表現する。誰もが目にしてきた豊かな才能や、過去に例のないキャリアパスの描き方からも、かつての天才ピカソのごとき先駆者としての特質を感じるのである。
1点リードで迎えたエイバル戦の78分、久保は自陣の低い位置からドリブルを開始して一気に相手ゴール前まで持ち上がった。さすがにサポートがなく孤立したため3人に囲まれ、ペナルティエリア手前でボールを奪われたが、このプレーがゴールにつながった。
焦るエイバルは久保から奪ったボールを左サイドに展開するが、ミスが起こってすぐに失ってしまう。マジョルカの右サイドバック、アレハンドロ・ポゾは奪い返してすぐにドリブルで突進し、ペナルティエリア手前で残っていた久保に“筆”を渡す。
背番号26の天才は、あえて右足で右に持ち出して相手ディフェンスの意表を突き、利き足とは逆の右足でシュートを振り抜いた。相手ディフェンスにかすったボールは、少し曲がった軌道を描いてゴールに吸い込まれた。久保はマジョルカのアウェイ初勝利を決定づける、画竜点睛の一筆を描き切った。
“18歳”を超越した18歳の才能
中盤の軸だったサルバ・セビージャを出場停止で欠いたマジョルカは、これまでほとんど使ってこなかった5-4-1の布陣でエイバルに臨んだ。サイド攻撃が特徴で、盛んにクロスを上げてくる相手の対策も含めての選択だっただろう。
サイドのマークをはっきりさせ、中央の人数を増やしてクロスを跳ね返す。その分、攻撃に手数はかけられず、後ろが重くなって押し込まれる展開になるリスクも孕んでいたが、何よりも先制点を奪われないことを重視したようだった。
久保は5-4-1の中で、「4」の右サイドに入った。基本的には守備的なスタンスで、相手の左サイドバックをケアする。高精度のクロスを積極的に蹴り込んでくるホセ・アンヘルを封じつつ、時にはポゾのサポートとしてエイバルの攻撃の核ファビアン・オレジャナと対峙した。
そして攻めに転じると、久保は右サイドから中央に斜めに走りこんで1トップのアンテ・ブディミルや逆サイドのクチョ・エルナンデスとの距離を縮め、3人が連係してスピーディな崩しを狙う。ボールを奪われたら全速力で斜め方向に右サイドまで戻って守備をする。攻守両面で常に最善の判断を連続させ、臨機応変にプレー選択を変えつつ、局面ではとにかく粘り強く戦って、スプリントをかけ続けるタフさが求められた。
1ゴール1アシストを記録した2週間前のベティス戦後の囲みインタビューの様子がマジョルカ公式YouTubeチャンネルで公開されている。その中で守備意識について「正直めちゃくちゃきついですし、本当に普通のチームのウィングの倍以上の仕事が求められていると思いますし、このチームはそんなに簡単にボールを持てるチームでもないので」と語っていた通り、久保に課されたタスクは過剰とも言えるほどだ。
決して攻撃だけに注力していれば勝利につながるチームではなく、まずはベースとなる守備で貢献しなければ攻撃に出ることすらままならない。ただのテクニシャンではピッチに立つことはできず、球際の戦いをも恐れない敢闘精神と、時にはチームのために我欲を押し殺す犠牲心が不可欠だ。
自分がゴールやアシストといった結果を残すためだけでなく、チームが勝つための最良の道はどこにあるのかを探して、それらを両立させながら最高の結末をピッチという1枚のキャンバスの上に導き出す。久保のある意味で達観しているとも言える視座の取り方からは、物事を多面的かつ立体的に捉えるピカソの「キュビスム」に通ずるものを感じる。
フィジカル面は課題だが…
もし自分が彼と同じ18歳でラ・リーガのピッチに立っていたとして、同じような思考でプレーできるか想像してみてほしい。自分の居場所を確保するために目に見える数字ばかりを追いかけて空回りするか、目の前のことで精一杯になって自分のことを気にしている余裕がなくなるか、とにかく何もできないか。
少なくとも久保のように世界トップクラスのリーグで常に100%で最適な判断を下し、自分の得意なプレーで相手を翻弄し、意表を突く逆足のシュートでゴールを決め、審判と試合中にコミュニケーションを取るような気配りまでこなす18歳を、これまで誰が想像できただろうか。天才という言葉で片付けるのは簡単だが、どう考えても信じられないほどに天才的な才能を我々は目にしているのだ。
もちろん前節ヘタフェ戦のように強度の高い展開で消えがちになったり、毎試合90分間全力で戦い続けるのはフィジカル的にも厳しいものがある。エイバル戦でも交代直前に足をつった。ただ、それは時間が解決してくれるはずで、年齢とともにタフさが増していくのは間違いない。全力で力尽きるまで走りきる献身的なメンタリティは称えるべきもので、むしろ酷使せず、適切な時間やタイミングを図りながら成長を促していくべきだ。
勝ち点3以上の価値を持つ1勝
マジョルカを率いるビセンテ・モレノ監督はエイバル戦に勝利した後、久保について「彼は継続性を見せてくれ、チームのために素晴らしい働きをしてくれた」と称賛し、「美しいゴールだった」と決勝点となった78分のゴールにも言及した。
自らのゴールだけでなく、前半には果敢な仕掛けでもらったファウルがダニ・ロドリゲスの直接フリーキック弾につながった。マジョルカ公式ツイッターによれば2得点に絡んだ久保は、試合後のフラッシュインタビューで「最も重要なのは勝利したことで、ファンの皆さんはこれ(アウェイでの勝利)を8ヶ月間待っていました。今日、僕たちはそれを達成できました」と喜びを語ったという。
何よりもチームの優先するのは、久保らしさだ。残留争いの直接のライバルであるエイバルとの対戦は、マジョルカにとって、「シックスポインター」とも呼ばれる、単なる勝ち点3以上の価値を持つ勝利だった。勝ち点で並んだ場合、ラ・リーガでは当該チーム同士の対戦成績が順位決定で重視されるため、ゆくゆくはもっと価値の高い1試合になるかもしれない。
久保との交代でピッチに立ったため共演は実現しなかったが、新加入の元韓国代表MFキ・ソンヨンもマジョルカデビューを飾った。5バックも結果につながり、エイバル戦は終盤戦に向けてチームに大きな自信をもたらす1勝となったに違いない。
3試合連続の先発出場で結果も残し、指揮官やチームメイトたちからの信頼をぐんぐんと高める18歳は逆転残留の立役者となるか。次節は古巣バルセロナ戦で、その後もビジャレアルやレアル・マドリー、アトレティコ・マドリー、セビージャなど強豪との対戦が多く残っている。厳しい戦いは続くが、その分さらなる成長と才能の開花にワクワクが止まらない。
無数の名作を世に残したピカソのように、久保には天才的な才能を持て余すことなく、サッカー界に歴史とともに輝かしい“作品”の数々を刻んでいってもらいたい。
(文:舩木渉)
【了】