またも残した目覚ましいデータ
トリノVSボローニャの後半アディショナルタイム。1点差で負けていたボローニャは、カウンターのチャンスを得た。右サイドのオープンスペースにポジションを取ったのは、冨安健洋。後方からパスを受けると、躊躇なく縦にパスを出した。しかし、前方に開いていたアンドレアス・スコフ・オルセンへのパスは、タッチへと逸れてしまった。
せめて勝ち点1を取るべく猛攻をかけていたチームにとって、最後のチャンスを潰してしまうもったいないプレー。試合後、アウェイサポーターの元に挨拶に行く選手たちの間で、心底悔しそうにしている姿は印象的だった。
しかし、冨安の出来がよくなかったというわけではない。このパスミスも、90分間で終始ミスなく安定してプレーをし、最後の疲労の吹き出す時間で集中が乱れたところにようやく飛び出したものだ。それだけに結果は悔しいものではあったが、前節のフィオレンティーナ戦に引き続いて良いパフォーマンスを展開していたのだ。
データに現れる数字は今節も目覚ましいものだった。セリエA公式のスタッツによれば、ボールタッチ82回、パス成功数65本、そしてパス成功率83%と、3部門で両チーム最多だったのである。それぞれ2位以下の選手に大きな差をつけていたのだ。
トリノの監督はワルテル・マッツァーリ。相手を研究し、試合の流れを読んでストロングポイントを潰し、効率の高い攻撃へと転じることのできるチームづくりが真骨頂。プレスは非常にアグレッシブで、しかも相手チームの構造を確実に叩いてくるといういやらしさも備えている。これに対し、冨安は実に冷静に対処していた。
最終ラインの深いところでボールを持ち、パスを出そうとすれば、相手のFWがプレスをかけてまとわり付いてくる。これをかわすと、反対側の脚を使ってフリーの味方へパス。しかも消極的な横パスに逃げないどころか、味方をちゃんと見つけて正確な縦パスを入れる。複数の選手にプレスを掛けられても全く慌てることはなく、それどころかダブルタッチを駆使してドリブルで切り抜け、味方にパスを出した後にそのまま攻撃参加をする、というシーンまでもあった。
また、前方の選手をフォローして積極的にオーバーラップし、チャンスがあると睨んだ時には自らボールを運んでクロスを放った。
あのイタリア代表FWにも勝る
33分のことだ。対面のオラ・アイナのポジショニングが安定せず、蓋がされなかったトリノの左サイドは密集の、つまり対面の冨安にとっては、フリーで右のスペースが空いていることになる。すると全く躊躇せず、ドリブルでボールを運び、パスを交換して縦に侵入しクロス。ファーの味方には通らなかったが、効果的な攻撃を繰り出した。
一方、守備も安定していた。対面のウイングバックには仕事をさせず、サイドに流れてきたエースストライカーもきっちりと止めていた。
トリノにはイタリア代表FWアンドレア・ベロッティがいたが、これが中々の曲者である。得点感覚に優れ、足でも頭でもきっちりシュートを放ってゴールを奪えるストライカーだが、それ以外のプレーも高いレベルでこなす。フィジカルで相手を抑え、ドリブルを駆使してカウンターを出発させる。とりわけマッツァーリ監督の指導を受けるようになってからは、プレーの幅がますます広くなってきた。
センターフォワードとして中央に張るだけでなく、右にも左にも動いてくるベロッティに対し、当然冨安もマッチアップを強いられる時がある。その際は一歩もひかず、相手を抑えてボールを奪っていた。ドリブルで揺さぶられても体を振られることなく、相手を見続ける。そして足を出してボールを奪い、逆に倒されてファウルをもらうようなプレーもやってのけた。
リーグ前半戦の出来は素晴らしい
11分に先制点を奪われ、そこを挽回しようと必死に攻める中、冨安のプレーは後半に入るとますます積極的になってくる。より高い位置でボールを受け、またサイドや後方だけでなく中盤のルーズボールに対しても喰らいつく。展開を読んで前方との距離を詰め、そしてボールを拾ってパス、守備から攻撃への切り替えに作用した。
相手がカウンターを繰り出すと、後方に戻ってクリアやシュートブロックで攻撃を跳ね返す。するとその直後には攻撃へと並走し、前線の味方とともに攻撃を組み立てる、などというシーンも何度もあった。本職はセンターバックでありながら、守備から攻撃へと転ずるための積極性は常に光っていた。
もっともこの日は、前線の選手が不調。特にくさびのパスを引き出して攻撃の第一歩となるロドリゴ・パラシオは、トリノのDFに徹底して動きを封じられた。冨安ら後方の選手が頑張って組み立てるも、シュートまでいたらないシーンも多い。トリノGKサルバトーレ・シリグの好セーブもあったとは言え、拙いフィニッシュワークで同点、逆転のゴールをもぎ取ることはできなかった。
今節でリーグの前半戦は終了。故障欠場の5試合を除き、冨安は14試合で先発出場を果たした。本職ではない右サイドバックとしての起用ながら、定位置を確保し、積極的な攻撃参加という新境地まで開拓し活躍したのは間違いなく素晴らしいことだった。日程が一巡してもパフォーマンスレベルを維持し、あるいはさらに高いレベルへ引き上げることができるか、引き続き要注目である。
(取材・文:神尾光臣【イタリア】)
【了】