イングランドで誕生するべきだったゲーゲンプレス
巡り巡ってリバプールを率いることになったのはご承知の通りだが、クロップがドーバー海峡を渡って、プレミアリーグにやってきたのは別の意味でも興味深い。
クロップは1980年代から密かに素地ができつつあった、ブンデスリーガの戦術革命(プレッシング理論の浸透)、そして2000年以降に始まった、ドイツフットボール界の刷新を受けて表舞台に登場してきた。
しかしゲーゲンプレスの戦術的なルーツは、実はもう1つある。1980年代序盤のイングリッシュ・フットボールだ。
イングランドのチームは、1977年から1984年にかけてプレッシングからのダイレクトなカウンターで躍進。リバプールなどが実に七度もヨーロッパの頂点に立っている。
ところがイングランドのフットボールは、そこから伸び悩んでしまう。
まずクラブチームの活動に関して述べれば、「ヘイゼルの悲劇」などの影響により、ヨーロッパの大会から締め出しを食らう。
と同時にプレミアリーグの発足も、戦術進化の妨げになった側面がある。そもそもFA(イングランド協会)は、リルシャールという場所にトレセンを設けて、人材の育成に励んでいた。ところがプレミアリーグの発足により、このトレセンは機能を停止してしまう。ロングボールを重視する、悪しき伝統を充分に是正できぬまま、各クラブに人材の育成を委ねる形になった。
確かにFAは数年前にトレセンを復活させたが、失われたものはあまりにも大きい。1980年代の中盤から、そのまま順調に戦術思想が発達していれば、ゲーゲンプレスにかなり近い発想が生まれていた可能性は高かった。
その意味で現在、イングランドのフットボール関係者が、最大のライバル国であるドイツに戦術を学ぼうとしているのは、実に皮肉な現象だと言える。クロップが駆使している「ゲーゲンプレス」などは、イングランドのフットボール界に用意されていたはずの未来、本来あるべき戦術進化を示唆しているからだ。
ただしゲーゲンプレスに関しては、イングランドのフットボールファンの間でも誤解されている部分がある。
そもそも「ゲーゲンプレス」を逐語的に翻訳すれば、「反プレッシング」あるいは「カウンター・プレス」という意味になる。ここで決定的に重要なのは、単なるプレッシング戦術や、カウンター戦術ではないという点だ。ゲーゲンプレスとは「カウンターを狙って、プレッシングを展開してくる相手への対抗措置」なのである。
なぜこのような戦術が、かくも注目されるようになったのか。その理由は、近年の戦術進化の方向性にある。
2014/15シーズン、UEFAはチャンピオンズリーグの内容を踏まえてテクニカルレポートを発表。「カウンターが鍵となる」という項目では、ブレーメンなどの監督を務めたトーマス・シャーフに解説を担当させている。
シャーフは、ルイス・エンリケの下でバルセロナのプレースタイルが変化したことに言及。ボールポゼッションで圧倒するアプローチから、すばやいカウンターを狙う方針にシフトしたことなどを指摘している。
ただし、このレポートはカウンターの有用性を説いたものではない。むしろ逆に、単純なカウンターから得点を奪うのが、いかに難しくなってきているかを示唆していた。
それはデータの推移を見れば一目瞭然となる。
例えば2014/15シーズン、オープンプレーからもたらされたすべてのゴールのうち、カウンターを契機としたものは20・6%だった。
だが前シーズンは、全ゴールのうち23%がカウンターを起点としたものだったし、2012/13シーズンには、27%のゴールがカウンターからもたらされている。
さらに2005/06シーズンにまでさかのぼれば、カウンターから決まったゴールの割合は、さらに増加する。同レポートは、UEFAのテクニカルディレクターであるアンディ・ロクスバラによってまとめられたが、彼はなんとオープンプレーから決まったすべてのゴールのうち、40%がカウンターからもたらされたとしている。
この事実は衝撃的だ。
(文:ジョナサン・ウィルソン、田邊雅之)
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