「ローター・マテウスの再来」と称される活躍
2018年ロシアワールドカップを最後に日本代表を引退してから1年3カ月。長谷部誠は依然としてハイレベルの舞台で戦い続けている。
ご存じの通り、昨季のフランクフルトはUEFAヨーロッパリーグ(EL)で4強入り。その原動力となった彼は「ローター・マテウスの再来」と称されるほど評価を上げた。ドイツ・ブンデスリーガ1部は7位に滑り込むのが精一杯だったが、今季EL予備戦2回戦からの出場権を確保。再び欧州舞台に挑むチャンスを手にした。
そして今季、予備戦を順当に勝ち上がり本戦へ駒を進めたが、9月19日のホーム初戦でいきなりアーセナルに0-3で大敗。苦しいスタートを余儀なくされた。
「アーセナルとの試合は0-3になるような内容じゃなかったんで、取りこぼしをしてしまったと感じました」と長谷部自身も悔やむELの幕開けとなった。
それでも10月3日の敵地・ギマラエスとの第2戦を1-0で勝利し、迎えた24日のホーム、スタンダール・リエージュ戦。この時点で勝ち点3で並んでいた相手を倒すことは、2位以内を確保するうえで必須条件だった。
想定以上に自陣に引いて守るスタンダールを攻略しきれず序盤は苦しんだが、前半のうちに鎌田大地のFKをキャプテンのダビド・アブラアムがヘッドで叩き込んで先制し、後半にも鎌田の右CKをヒンターエッガーが合わせて2点をリードした。
終盤に一瞬のスキを突かれて1点を献上してしまったものの、長谷部の頭脳的な守備が光り、フランクフルトは2-1で勝利。山場のゲームを制することができた。
「相手がしっかりブロック作って守備をしていたので、特に前半は難しく感じましたけど、セットプレーから2点を取れたのは大きかった。後ろに関して言えば1失点はいただけないし、それ以外にも2回くらい決定的チャンスを与えているので、そこは修正しなきゃいけないと思います」とベテランの守備リーダーはあえて厳しい言葉を口にした。
確かにアブラアムやヒンターエッガーとの連係の乱れから裏を取られる場面は数回見受けられた。そこは課題に違いないが、それ以上に光ったのが長谷部の的確な対応だ。
「第2、第3くらいのサッカー人生を謳歌してますよ(笑)」
カウンターを繰り出された場面ではボールマンに激しく寄せ、いったんディレイさせてから空いたスペースを埋めたり、守備のバランスを整えリスクを最小限にとどめるなど、1つ1つのプレーが非常に思慮深く、緻密な計算に基づいていた。
身長180cm足らずの35歳のDFがコンスタントに起用される意味はやはりある。ニコ・コバチ監督体制からリベロ起用され始めた長谷部だが、アドルフ・ヒュッター現監督体制になってからその能力により一層磨きがかかった印象だった。
「長谷部誠は日本代表を離れても健在? ありがとうございます」
筆者の言葉に、彼は爽やかな笑みをのぞかせた。そのうえで、今のリベロという役割の醍醐味をこう語ってくれた。
「今のポジションはそこまで沢山走るわけじゃないし、経験がモノを言う部分が大きい。そういう意味でいいポジションをやらせてもらっているなと正直、感じています。攻撃の組み立てへの関与についても、あれを取ったら自分があの位置で出る意味はないと思う。今までいろんなポジションをやってきた経験を生かせる仕事でやりがいがありますね」
長谷部は全身から充実感を漂わせていた。今季もEL、リーグ、DFBポカールと連戦続きだが、過密日程をむしろ楽しんでいる様子も感じさせた。日本代表キャプテンという重責から解き放たれて、フランクフルトでのプレーに専念できるようになったことも、1つの追い風になっているのだろう。
「シーズン前半戦だけでも代表ウイークが3回もあるんで、僕はそこでのんびり旅行したり、第2、第3くらいのサッカー人生を謳歌してますよ(笑)。もちろんその期間にしっかりリカバーできるのも大きいですし。
ただ、代表を退いてどうこうよりも、このチームで自分の居場所をしっかり確立できていることがもっと大きいと思うんです。周りの選手との兼ね合いとか、やっているサッカーとか、そういうものに自分がフィットできているなとすごく感じているんで、だからこの年齢で4大リーグのチームで欧州のインターナショナルのピッチに立ち続けていられるのかなと。そういう選手はそんなに多くないと思うので、それは幸せなことですよね」と長谷部は神妙な面持ちで話していた。
長谷部こそが欧州組、日本代表の見本である
ここから先もELグループリーグ後半戦の重要な戦いが控えているうえ、リーグ戦もポカールも負けられない戦いが続く。27日のボルシアMGとの上位対決は2-4と手痛い敗戦を喫し、9位に後退してしまったが、首位との勝ち点差はまだ4。手が届かない状況ではない。
ドイツ2シーズン目の08/09シーズンにヴォルフスブルクでマイスターシャーレを掲げた経験のある彼は、リーグ優勝の重みと喜びをよく理解している。ベテランになった今、もう一度、栄光をつかみたいという思いは少なからずあるはず。
加えて、昨季頂点に立てなかったELタイトルも狙える位置にいる。日本代表を離れても、彼の国際舞台での戦いは日常的に続いている。代表引退の喪失感や虚無感にさいなまれている暇はないのだ。
「日本代表のことはもちろん見ていますよ。一緒に戦った仲間も多いですしね。そして若い選手も沢山入ってきて、(森保一監督が)ホントにバランスのいいチームを作っているなと思うし。今は2次予選なんで、最終予選はやっぱり難しいけど、そこに向けてのチーム作りは進んでいると思いますね。
ボランチに関しても、いろんな選手が競争していますよね。(柴崎岳や遠藤航など)同世代の選手たちの競争が中心なんで、お互いを高め合っていいんじゃないかなと感じます」と彼は今、後輩たちの戦いぶりを少し引いた位置から見守っている。
森保ジャパンには長谷部ほどの強烈なリーダーはいないが、吉田麻也や柴崎らロシアでともに戦った後継者たちが自覚と責任を持って取り組んでいる。彼らに後を託し、長谷部はドイツでの目の前の一戦一戦を全力で戦い抜く覚悟だ。
日本代表時代の主戦場だったボランチでのプレーは今季ほぼないが、「アド(ヒュッター監督)はもともと4バックをやっていたし、チームがうまくいかなくなったら4枚に変えるかもしれない。その時は自分もまたボランチでポジション争いをしなきゃいけなくなると思う」と本人も本職復帰への可能性は皆無ではないと見ている。
そのうえで、「サッカーの世界は流れが速いんで、現状に満足だけはしないことが大事。高いパフォーマンスを出せるんだっていうことを継続的に見せてくことが大事だと思います」と気持ちを引き締めた。
来年1月には36歳になるが、まるで衰えを感じさせない長谷部誠。彼こそが欧州組、そして日本代表の見本であることを、我々は今一度、再認識すべきではないだろうか。
(取材・文:元川悦子)
【了】