リーグ戦初先発までの道
選手の個性を組織の中でいかに機能させるかというのは、監督にとって腕の見せどころだ。11人だけで1年間を戦い抜くチームにはならず、組み合わせを変えても「誰が出ても同じサッカーができる」という状態を作らなければシーズンの目標を達成するのは難しい。
ポルトのセルジオ・コンセイソン監督は、この夏に最も大きな投資をして獲得した新戦力、日本代表の中島翔哉を組織の一部として機能させるにはどうすればいいか試行錯誤を重ねてきた。そして、ようやく最適な起用法を見出しつつある。
シーズン序盤、中島に与えられた活躍の場は限定的だった。9月上旬の国際Aマッチウィーク直前までで、先発出場はチャンピオンズリーグ(CL)予選3回戦2ndレグのクラスノダール戦のみ。中島自身の家庭の事情も重なって、リーグ戦では2試合連続ベンチ外の状況で日本代表に合流することになる。
代表活動からポルトガルに戻っても、受難の時は続いた。9月15日に行われたアウェイのポルティモネンセ戦で、中島は途中出場のチャンスを与えられながら、指揮官の期待には応えられず。失点に繋がる場面の守備で緩慢なプレーもあり、メディアやファンからの批判の的に。試合後にはコンセイソン監督からピッチ上で叱責され、大きな話題となった。
状況が変わり始めたのは9月末になってからだった。コンセイソン監督は連戦が続く中で、9月25日のタッサ・ダ・リーガ(ポルトガルリーグカップ)の初戦に中島を先発起用する。そこで背番号10は、これまでとは見違えるような献身的な姿勢で攻守に奮闘し、決勝点を演出する精密クロスで初アシストも記録。ポルトの勝利に大きく貢献し、喝采を浴びた。
そして29日のリオ・アヴェ戦で、7節目にしてリーグ戦初先発のチャンスが与えられた。交代する76分までのプレーで、シュートを放つことはできなかったが、課題とされた守備面では劇的な改善を周囲に印象づけた。公式戦2試合連続となる先発出場で、今後の活躍に向けた鍵となる動きをいくつも見せた。
コンセイソン監督が中島の起用で意図したこと
この短期間でいったい何が変わったのか。そのヒントは、コンセイソン監督の言葉の中にあった。25日のサンタ・クララ戦後の記者会見で、指揮官は中島に求めていたプレーについて次のように語っている。
「私は中島とロマーリオ・バロに(中盤とディフェンスの)ライン間で、中央のレーンに数的優位な状況を作って欲しいと考えていた」
左サイドの中島と右サイドのロマーリオ・バロに、中央寄りのポジションを取らせることで中央に数的優位を作る。さらに彼らの守備での負担を軽減したうえで、ディフェンスラインと中盤の間のスペースでの動きを利用して、チーム全体を押し上げるメカニズムをコンセイソン監督は用意していた。
29日のリオ・アヴェ戦でも、中島に求められていたプレーは先述のサンタ・クララ戦に似ていた。試合後の記者会見で、これまで出番の少なかった背番号10にチャンスを与えた理由について問われたコンセイソン監督は、自身の意図を明確に説明した。
「中島やオターヴィオといった選手に、インサイドで能力を発揮して欲しかった。中央でリオ・アヴェのセントラルMF、タランティーニとフィリペ・アウグストの背後のスペースを活用して攻撃を加速させるということだ。前の試合(25日のカップ戦、サンタ・クララ戦)のパフォーマンスで彼(中島)にそう言う能力があったので、今日プレーするのにふさわしいと考えた。彼は非常によくやっている」
前の試合と同様、左サイドの中島と右サイドのオターヴィオを中央に寄せてプレーさせることが重要だった。後者に関しては、過去の試合でも同様の動きをしていたので普段と変わりない。今回はその変則的な役割を逆サイドの中島にも求めたことになる。なぜだろうか。
理由は明らかだ。ここで述べておくが、ポルトの最大の武器は中島をはじめとした中盤の選手たちではない。何よりもディフェンスラインの4人、ヘスス・コロナ、ぺぺ、イバン・マルカノ、アレックス・テレスの能力こそが、公式戦9連勝の安定感を支えているのだ。
象徴的だった11分のドリブル
センターバックのぺぺとマルカノのコンビは、空中戦でも地上戦でもほぼ無敵。前線で相手のディフェンスラインにプレッシャーをかけ、ロングボールを蹴らせてしまえば、ほぼ確実にセンターバックの2人で跳ね返すことができる。消去法で生まれた選択肢ばかりの雑な攻撃ではビクともしない。
やはりリーグで2番目に少ない失点数(4失点)でいられるのは、彼らの安定感があってこそだ。特にぺぺは空中で競り合いながらヘディングを狙ったところに落とす技術、相手に自由を与えない先を読んだ駆け引き、チーム全体を統率するリーダーシップ、連戦に耐えうるタフなフィジカルと、36歳という年齢からはおよそ信じられないレベルのパフォーマンスを披露している。
そしてポルトの戦術において、両サイドバックが常に高い位置を取り続けることこそが、何よりも重要になる。圧倒的な攻撃性能と精密な左足クロスを装備するアレックス・テレスと、右ウィングからコンバートされたヘスス・コロナの両サイドバックは、ポルトの攻撃におけるキープレーヤーだ。
彼らから中央で待つ強靭なフィジカルを誇るムサ・マレガとゼ・ルイス(あるいはチキーニョ・ソアレス)の2トップに、いかにいい形でボールを届けるかが攻撃の鍵を握る。2列目の選手が中央に絞っておくことで、サイドバックの選手が上がるための道を作り、守備的な特徴の強いセントラルMFたちのビルドアップを助け、守備面ではこぼれ球の回収やボールを奪われた後の即座の回収に繋げる効果もある。時には相手の急所になりうる中盤とディフェンスラインの間にポジションを取って、そこからゴールに向かって仕掛けていくことも求められる。
中島に求められるプレーは、スペースが狭くリスクも大きくなる中央で、よりシンプルになっていく。日本代表で見せているような左サイドからの切れ味鋭いカットインやドリブルは少なくなるが、チーム戦術の中でそれらはあまり求められていないように感じられる。もっともゴールにより近い位置でプレーするため、シュートまで持ち込むチャンスが減るわけではない。
日本代表では左サイドに張り出した中島のドリブルから攻撃のスイッチが入ることが多くあるが、ポルトのスイッチは別のところにあり、背番号10といえどチームの組織を機能させるための一部であり、攻撃の全権を握る存在ではないのだ。
例えばリオ・アヴェ戦の決勝点が生まれるコーナーキックを獲得するまでの過程に注目すると、中島の役割が見えやすい。11分、高い位置を取ったアレックス・テレスの落としを受けた中島は、中央よりからゴールに向かってドリブルを始める。
すると相手の右サイドバックやセントラルMFが引きつけられ、大外に張り出していたアレックス・テレスがフリーになった。この時相手の右サイドMFは戻りが遅れており何もできず。結果的にアレックス・テレスのクロスから、ポルトのコーナーキック、そして決勝点につながった。これこそ指揮官が目指すサイドバックの攻撃参加の理想形だろう。
攻守に機能する中島、競争を勝ち抜けるか
コンセイソン監督はチーム全体を機能させながら効率よく守り、効率よく攻めるための選手起用を模索する中で、中島の最適な使い方を「中央」で確立しつつある。シーズン序盤は2トップの一角や右サイド、左サイドでは縦への突破が武器のルイス・ディアスの代わりとしてなど、様々な使い方を試したが、どれも完璧にはハマらなかった。それでも辛抱強く起用し続け、時に厳しく接したのも期待の表れだったのだろう。
近年までポルトの選手スカウティングに従事していたこともあるクラブ関係者によれば、中島は「コンセイソン監督が自ら獲得をリクエストした選手だった」という。彼曰く「倹約家のポルトが1人の選手の獲得にかける費用は300万ユーロ(約3億5000万円)から500万ユーロ(約6億円)が普通で、多くても1000万ユーロ(約12億円)が限度」という中でクラブ史上5番目に高い1200万ユーロ(約14億円)の移籍金を支払ったからには、当然大きな期待をかけていると見て間違いない。
ならば今後もチャンスは継続的に与えられるはずだ。試合ごとに変わる戦術的アプローチをその都度理解し、実行していくことがコンセイソン監督が率いるチームにおいては何よりも重要になる。
例えば25日のサンタ・クララ戦では攻撃時に中盤の1人がディフェンスラインまで降りて擬似的な3バックを形成し、両サイドバックのポジションを上げさせながら、2列目の選手が中央に絞りやすい流れを作った。29日のリオ・アヴェ戦ではビルドアップ時にセンターバック2人だけが自陣に残ったまま、2トップと2シャドーのような形で中央に密集を作る形を試みた。そして全く違う戦い方の中で、中島はしっかりと攻守に機能することを証明している。
ポルトは今後も対戦相手に応じて臨機応変にビルドアップの形を変えつつ、両サイドバックの攻撃力を最大限に活かすための2列目の選手の動き方を構築していくはず。その中で中島には、ルイス・ディアスとは違った特徴を発揮しつつ、高く評価される献身的な姿勢を見せ続け、競争を制していってもらいたい。
(取材・文:舩木渉【ポルトガル】)
【了】