冨安にとって難しかったローマ戦
アディショナルタイム、最後のワンプレー。カウンターから中央突破を図ったローマMFジョルダン・ヴェレトゥのドリブルをボローニャの守備陣は食い止めることができず、右に展開される。そして中央のクロスが戻ってきたところには、エディン・ジェコがフリーになっていた。ステファノ・デンスビルがまんまと視野を外された時、その後ろでラインを整えていた冨安健洋にはどうすることもできず、目の前でヘディングシュートを決められた。
彼とチームにとって、ローマ戦は悔しい結末となった。前半は劣勢、特に右サイドは、対面左サイドバックであるアレクサンドル・コラロフの侵入をことごとく許した。セリエAでのデビュー以来上々のパフォーマンスでイタリアのサッカー関係者を驚かせた冨安だったが、この試合ではただただ押し込まれることが多くなっていた。
「戦術面で弱い」。ガゼッタ・デロ・スポルトでは、さくっとチーム最低点の5がつけられている。強力な個が揃い、より複雑な戦術を駆使するセリエAの強豪相手に苦しめられた格好となった。
今までの試合の通り、冨安は右サイドバックとして出場する。チームがボールを保持しているときは3バック気味に中央へ絞り、逆に相手の攻撃を受けているときは4バックの右としてサイドの守備を受け持つ。しかしこの試合では、単純に対面の選手をマークすれば良いというふうには行かなかった。ローマのポルトガル人監督、パウロ・フォンセカが準備した戦術の前に、とても難しい対応を迫られたのである。
ローマのシステムは4-2-3-1。セオリー通りだと、冨安はまず対面の左MFを見なければならないことになる。目の前にいるのは、アーセナルから移籍してきたヘンリク・ムヒタリアンだ。
ところが、彼はサイドに張らずに中へと絞ってくる。そして大外には、そのムヒタリアンよりも高い位置でコラロフがポジションを取っていたのだ。それも後ろからのオーバーラップではなく、ローマがボールを保持したときは真っ先に前に張るのだ。
日本人DFの前に立ちはだかるコラロフの脅威
冨安は、難しい対応を要求された。ローマの前線には5人が並び、4バックでは人数が足りなくなる。当然まず中央に近い方にいるムヒタリアンを見なければならなくなるわけだが、こうなると必然的にアウトサイドが開いてしまうのだ。一方でローマの後方からの組み立ては素早く、あっという間にコラロフへと回ってしまう。冨安がムヒタリアンを離してサイドのカバーに回るが、もうその時点で後手を踏んでいる。スピードに乗ったコラロフを、止められなくなっていた。持ち味であるインターセプトの積極性もあまり発揮されず、クリアもことごとく不正確になっていた。
システムの並びや数合わせにこだわらず、前線の空いたスペースにどんどん人を送り込んで、相手のゾーンディフェンスが対応できないところに陣取りをして素早くパスを回す。現代のサッカー戦術の先端にある『ポジショナルプレー』というものだ。ボローニャが攻撃時に3バック状になる可変システムを取っているのも同じ考え方によるものだが、ローマはより大胆に仕掛けてきたのである。
デ・レオ戦術コーチは「(後方で組み立ての基点となる)フェデリコ・ファシオにもっとプレスを掛けなければならなかった。そうしたら攻撃を遅らせ、冨安がサイドにスイッチしてコラロフに付く時間も確保できただろうに」と反省を述べた。サイドに展開される前段階で、相手のボール運びを阻害していなければ、別のポジションの選手が大変なダメージを被る。実に細かい話だが、これがサッカーにおける『戦術戦』というものの一端である。
とにかく冨安は、そういう状況の中で苦しんだ。守備では迷いをしいられ、逆に攻撃ではパスコースをすぐに消される。後方でボールを持ってもパスの出しどころを失い、バックパスに逃げてしまう場面も多かった。後半早々には、そのコラロフに直接フリーキックを決められ先制を許す。とことんコラロフを目立たせてしまったというわけだ。
この試合を機に、どう成長していくのか
しかしその後、チームも冨安自身も反撃に出る。53分にはカウンターから同点となるPKを得たわけだが、このアクションの出発点となったのは実は冨安だった。
裏に出た相手のパスを、よく読んでインターセプト。すると中盤でフリーとなったリッカルド・オルソリーニを見抜いて、正確な縦パスを入れた。そのオルソリーニは、左サイドに走りこんでいいたニコラ・サンソーネにパスを入れてカウンターが加速した。最後はサンソーネの折り返しに食らいついたロベルト・ソリアーノがエリア内で倒される。これをサンソーネが決めて同点とした。
やられっぱなしでは終わらず、挽回しようとする気持ちの強さは、冨安のストロングポイントの一つである。戦術的な劣勢自体は後半も変わらなかったが、攻撃においてはアグレッシブな姿勢を保つ。とくに終盤、エリア内に攻め上がったロドリゴ・パラシオに正確で速いスルーパスを打ち込んだり、猛然とオーバーラップを敢行してクロスを上げたりなど、立て続けにチャンスを作って勝ち越しゴールをひねり出そうとした。
冨安が強豪の圧力に苦しみ、そこで晒した課題は決して小さいものではなかった。だが、後半に見せたアグレッシブな姿勢は、その克服ならびにさらなる成長へ押し上げてくれるはずである。イタリアサッカーの守備のノウハウを学ぶことに意欲旺盛なこの男が、試合で受けた教訓を機にどう伸びていくのか。期待せずにはいられない。
(取材・文:神尾光臣【イタリア】)
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