急性白血病の指揮官がピッチサイドに
ボローニャ、監督:シニシャ・ミハイロヴィッチ。
エラス・ヴェローナvsボローニャの試合前、記者席で配られるメンバー表にはこう書かれてあった。急性白血病と闘いながらもチームに連絡を取り続ける監督へ連帯の意思を示すため、ボローニャはすべての練習試合でこのような表記を続けていた(コッパ・イタリアのピサ戦はもともと出場停止)。
しかしまさか、その彼が本当にスタジアムにいようとは。ボローニャの大学病院から一時退院しチームが前泊していたホテルに合流。そしてマスクをしながらスタジアムへ入り、帽子を被ってベンチに現れる。ボローニャファンは熱いチャントを歌い、スタジアムの全周から拍手が起こった。
「『いいか、リーグの開幕戦でオレは必ずピッチサイドにいるからな』と監督は僕たちに約束していたんだ。そしてその言葉を守った」
ボローニャMFニコラ・サンソーネは、地元の記者団にそう語った。
冨安健洋のセリエAデビュー戦は、そんな試合だった。
「監督のために勝たなければならない、って僕自身も思いました」と彼は試合後に語った。ミハイロヴィッチ監督とは移籍前の日本帰国時にSkypeで話をしていたが、直接的にはこれが初対面だったという。
もっとも意気込んで臨んだ試合は、前半15分で退場者を出した相手に勝ちきれずドロー。「チームの雰囲気というのもそういうものがありましたけど、ただそれが形にならなかった。僕自身もそうですが、もっとできたことがあった」と悔しがっていた。
ただ、冨安のパフォーマンスそのものは悪くはなかった。むしろ、セリエAのリーグ戦で初めてでありながら、ミスらしいミスをほとんどすることがなく堂々とプレーしていた。
ポジションは、戦前の予想通り4-2-3-1の右サイドバック。ただし攻撃の際には、後ろに残って3枚で最終ラインを形成するというものである。
攻守両面で破綻を見せなかった。プレスを掛けられても、落ち着いて両足でパスを回す。しかも、視野が広く周りをよく確認できている。逆サイドの味方の動きや位置もきちんと視野に入れ、フリーになっていた味方に丁寧にパスを出し、ボールを繋げていた。
走行距離、ボールタッチ、パス…能力の幅の広さを示す
さらにこの日は、前半15分にヴェローナDFパベウ・ダビドビツが退場となり、ボローニャは数的優位を手にする。冨安は攻撃時にはどんどん中へと入り、まるでインサイドMFかというくらいにボールに触ってパスを出す。その時も逆サイドから中へと絞ってきた味方をちゃんと見つけて、ピタリとパスを付けるようなゲームメイクもこなしていた。
守備においては読みの良さと、相手に先んじてボールを捕まえに行く積極性の両面を発揮。受け手の動きを視野に入れ、パスの軌道を読んで足や体を出してコースを遮断。セリエAの球際の厳しさにも怯むことなく、むしろ先に相手に体をぶつけ、倒れこんでもボールを前に出すようなガッツも見せていた。
象徴的だったのは22分のプレーだ。対面にいたのは、サイドアタッカーとしてセリエAでも定評を築いていたダルコ・ラゾヴィッチ。相手がボールを受けるタイミングを読んで、冨安は上がってプレスを掛ける。ドリブルに切り替える前に体を寄せて動きを止めると、そのままボールを奪取。さらにそのボールを、ヒールを使って相手の股を抜いて味方へと繋いだ。
34分には、スルーパスに反応して裏へと走り込んだラゾヴィッチに対し、スピードを上げてボールをカットする。ロングボールで裏を狙われても、背後の敵の動きを把握しながらヘディングでクリア。地元紙でも評価されていた予測の良さに加え、スピードのある相手にも全く不安のないところを見せていた。
セリエA公式のスタッツによれば、冨安が記録した走行距離は11.02kmと、なんと両チーム合わせて最長の数字を叩き出していた。ボールのタッチ数も、成功したパス数もダントツでチーム最多。相手が一人少なく、攻撃に関わる機会も多かった事情があったとはいえ驚愕である。サイドバックとセンターバックのハイブリッド型で、複雑なタスクを持つ現在の役割は、冨安の能力の幅の広さを有効活用したいと思えばこそなのだろう。
それでも勝利は得られず。今後の反省点は?
もっともそのデビュー戦で、冨安が後悔を覚えていたというのは冒頭にも紹介した通りだ。「もっとできたことがあった」というのは、攻撃に行った時の動きの工夫が足りなかったことだという。
「今日は結構内側のところでボールを待っちゃってたんで。そこでもっと、裏にアクションを起こしたりとか、追い越して行ったりとか、そういうのをやっていけばもう少し変化をつけることはできたんじゃないかなと思います」
攻撃の際、右ウイングのリッカルド・オルソリーニが外側へ張る一方、冨安は一列中のレーンに陣取り後方から組み立てに参与するのは戦術に組み込まれた動きだ。だが一人少なくなったヴェローナは自陣ゴール前をとにかく固め、中のスペースを消す。内側に陣取ってパスを出そうとした冨安だったが、そこからの崩しが作りづらい展開に陥った。
パスの成功数の数は、その際に横や後ろにショートパスを繋いで相手を引き出そうとして増えたものでもある。だがその分、サイドへの絡みが少なくなったという反省が彼には残った。「ちょっと中に絞りすぎて、最後オルソリーニが(サイドで)孤立しているって感もあったんで、そこは使い分けないといけないなと思っています」と課題を語っていた。
数的優位に立ち、勝って終わるべき試合で勝点3を取れなかったのだから、チーム共々反省点を見つめるのは正しいことだ。ただ冨安がリーグのデビュー戦でここまで積極的に、主体的にチームに関われたのは評価すべきことである。
コミュニケーションはまだまだ取れていないという状態ながら、プレイの上では周囲との違和感をあまり覚えさせなかった。そこは本人の潜在能力の高さとベルギーでのプレー経験、そして1ヶ月間の努力のなせるわざ、といったところか。
開幕スタメンという目標は達成したが「まだまだアピールしなければいけないと思っている」とは冨安の弁。ここからどんな成長につながるのか、楽しみなシーズンが始まった。
(取材・文:神尾光臣【イタリア】)
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