主力選手の流出を余儀なくされたJクラブ
2019年夏季の移籍市場は、例年同様Jリーグに様々な地殻変動をもたらしている。上位チームも下位チームもそれぞれ主力選手の欧州への流出を余儀なくされた。
鹿島アントラーズや松本山雅FC、清水エスパルスはそれぞれ若いFWたちの旅立ちを見送った。鈴木優磨はシント=トロイデンへ、前田大然はマリティモへ、北川航也はラピド・ウィーンへと移籍。横浜F・マリノスのキャプテンの一人だった天野純もロケレンへ移り、ガンバ大阪とジュビロ磐田も最大の得点源が新天地へと旅立った。ファン・ウィジョはボルドーへ移籍し、モルドバのシェリフ・ティラスポリから今季磐田に加入したばかりだったジェルソン・ロドリゲスも東欧へと戻ってディナモ・キエフに加入した。
もちろんこれに加えて、大きな話題をさらったのは久保建英と安部裕葵がラ・リーガの巨大クラブであるレアル・マドリーとバルセロナへそれぞれ移籍したことだ。日本サッカー界の成長が新たな段階に達したことを示すものだと受け止められた。いまやJリーグの選手たちは、中継地点を挟むことなく、世界のエリートクラブに直接ステップアップすることさえ可能となった。
だが、大きな才能を秘めた2人が非常に楽しみな移籍を実現させたことは確かだとしても、両者ともに但し書きを付けないわけにはいかない。久保も安部もそれぞれの新クラブのトップチームのメンバーには名を連ねず、レアルとバルサのBチームの一員としてスペインでのプロキャリアの最初の一歩を踏み出すことになる。
19歳でビッグクラブへと羽ばたいた宇佐美貴史
欧州の強豪クラブが、現実的な補強の選択肢として日本人選手・外国人選手を含めたJリーグのトッププレーヤーたちに目を向ける例が増えているという事実は、この国のリーグと個々の選手たちのレベルの高まりを如実に示している。だが一方でJ1クラブに戻ってくる選手たちに目を向けてみると、海外でのキャリア前進を目指す選手たちを助けるためには、日本との間にある隙間を埋める上でまだまだやるべき仕事が多いことが示唆されている。
17歳でデビューを飾って将来を嘱望され、Jリーグに旋風を巻き起こしていた19歳の宇佐美貴史がガンバ大阪からバイエルン・ミュンヘンに移籍したのは8年前のことだった。スピードや1対1の積極性、振りの速い正確なシュートを持ち味とする宇佐美は、世界の舞台へ羽ばたく日本の新世代の象徴的存在だと見なされていた。
だがブンデスリーガ最大のクラブにレンタルされた1年間に結果を出すことはできず、同じドイツのホッフェンハイムで過ごしたもう1年間も同様の失敗に終わった。ガンバへ戻った宇佐美は再びその本領を発揮してゴールを量産。チームは2013シーズンのJ2で楽々と優勝し、その翌年にはJ1と天皇杯、リーグ杯優勝の3冠を達成した。
力は衰えておらず、欧州で自分を試したいという明確な意志も持ち続けていた宇佐美は、2016年にもう一度ドイツへと向かう。だがアウクスブルクとデュッセルドルフでまたも無益な3年間を過ごしたあと再びガンバに復帰。まだ27歳ではあるが、今回はこのままチームに残るはずだ。
井手口が欧州で歩んだキャリア
吹田にはもう一人ガンバのユースチーム出身の選手が戻ってきた。奇妙としか言いようのない18ヶ月間を欧州で過ごした井手口陽介の帰還である。
井手口の運気が劇的に上昇したのは2017年夏のことだった。新進気鋭のセントラルMFは、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督率いるサムライブルーのメンバー内で不動の存在となりつつあった。
ワールドカップ予選突破を決めたオーストラリア戦での堂々たるパフォーマンスを2-0の決定的なゴールで締めくくると、21歳の井手口はロシア行き飛行機の座席を確保したかに見えた。だがその年のJリーグのシーズン終了後の欧州移籍が全てを一変させ、結局は本大会出場を逃すことになった。
イングランド・チャンピオンシップのリーズ・ユナイテッドと契約を交わした井手口はそのままスペイン2部のクルトゥラル・レオネサへレンタル。欧州でのスタートは散々なものだった。
スペインでは5試合に出場し、合計わずか107分間プレーしたのみ。リーズの新監督に就任したマルセロ・ビエルサは、ヨークシャーに井手口は不要と判断し、昨季もレンタルでブンデスリーガ2部のグロイター・フュルトへと送り出した。負傷も影響してドイツでも7試合の出場にとどまり、今月にはガンバへ復帰。報道によれば1年半前にリーズに売却した金額以上の移籍金を支払っての獲得だという。
宇佐美と井手口が海外で爪痕を残せなかったのは、必ずしも選手本人の失敗だけが原因ではない。国外への移籍には数多くの要素が絡んでいる。
日本人選手が直面する「損切り」というリスク
日本人選手はこれまで以上に、利益を生み出す商品だと見なされるようになっている。例えばこの夏の冨安健洋や中島翔哉のように、ピッチ上ですぐに結果を出した選手を1年や2年で売却することができればいいが、そうでない場合にはさらに時間をかけて選手をチームに組み込んでいくよりも、損切りをするクラブが増えている傾向があるように感じられる。
こういった方針を理解できると考える者もいるかもしれないが、選手としては、サッカーだけでなく言語や文化の差にも対応した上ですぐに適応することが求められる。それがうまくいかない場合、また井手口の不幸な怪我のように運に恵まれなかった場合には、全ての選手が困難を乗り越えられるわけではない。
スペインで育った18歳の久保にとっては、マドリードへの移籍は未知の世界への飛躍ではなく慣れ親しんだ地への帰還だと感じられるのかもしれない。安部も誰もが認める通り非常に強い意志を持ったタイプであり、自分は最高レベルでプレーすべきだと信じている。
だが両選手とも、これから生まれてくる心理的負担や、相手DFから間違いなく受けるであろう肉体的打撃も覚悟しておかなければならない。そして、もしすぐに成功が得られないとしても、全く成功が訪れないことを意味するわけではないと理解しておくことも不可欠だ。
新たな挑戦へと乗り出す久保と安部の2人も、そして彼らを取り巻くメディアも、宇佐美と井手口のキャリアが描いた軌跡を教訓とすることを忘れてはならない。
(文:ショーン・キャロル)
【了】