ランパード・チェルシーがバルサを撃破
2019年夏、バルセロナが来日して臨んだ「楽天カップ」の初戦は、2-1でイングランドの強豪チェルシーが勝利を収めた。過去には幾度となく、チャンピオンズリーグ(CL)の決勝トーナメントで対戦し、激戦を繰り返してきた2チームの対戦だけに、プレシーズンマッチとはいえ注目の一戦。
そんなカードで重要な先制点を決めたのがチェルシーのFWタミー・エイブラハムだ。フランク・ランパード政権で鍵を握るのはこの若きストライカーであることは間違いない。それは何故なのか。
今季のチェルシーの得意なパターンになるであろう先制ゴールだった。32分、ハイプレスでセルヒオ・ブスケツのミスを誘発すると、ペナルティエリア内にこぼれたボールをエイブラハムが拾う。イングランド代表の21歳は、迫りくるGKマルク=アンドレ・テア・シュテーゲンをダブルタッチでかわし、ボールを無人のゴールに流し込んだ。
ここまでのランパード政権のプレシーズンマッチを見る限り、ハイプレス&ショートカウンターはチームの基本戦術だ。4-2-3-1のシステムで前から追い込み、高い位置でボールを奪う。そして素早く攻め込むスタイルをイングランド人監督は好んでいるようだ。
ただ正確に言うとショートカウンター一辺倒というわけではない。機を逸した際には無理に攻めず、ある程度ボールを保持しながら攻めどころを探すシーンも見られている。状況に応じてショートカウンターとポゼッションと併用しながら戦うようだ。
ではこの攻撃的な戦術は、果たしてプレミアリーグで機能するのだろうか。
新生チェルシーを司るのは…
まずはセンターバックのダビド・ルイスの欠点を上手くカバーできるかどうかが焦点になる。ブラジル人の技巧派センターバックは、ポゼッション時の組み立ての場面では高い精度のフィードを送ることができるほか、守備から攻撃の意識の切り替えが早く、ボールを奪ってすぐに攻撃のスイッチとなる縦パスを前線に当てることもできる。ポゼッションだろうがカウンターだろうが、ダビド・ルイスがいればスムーズに攻撃をスタートすることができるのだ。
一方で集中力にムラがあり、時折なんでもないプレーで凡ミスを犯してしまうこともある。そんなダビド・ルイスが最終ラインにいる状態でハイライン&ハイプレスで戦うのは監督としても怖いはずだ。ただしランパード監督はダビド・ルイスの欠点を、チームメイトの能力でカバーできると踏んでいるかもしれない。
現在は負傷しているが、センターバックのファーストチョイスになるであろうアントニオ・リュディガーは相棒のミスを帳消しすることができる広範囲のカバーリング能力を持つ選手だ。あるいはワールドクラスの守備的MFエンゴロ・カンテがいるのも心強い。多少ハイプレスをかわされたところで、カンテがいれば豊富な運動量と抜群に上手いボール奪取能力を生かしてピンチを未然に防ぐことができる。
このように選手を上手く組み合わせることで、ダビド・ルイスの攻撃力を残しつつ、欠点を上手く覆い隠すことができればチェルシーの攻撃力は増すこと間違いない。
鍵となるストライカーの存在
もう1人の鍵となる選手がエイブラハムだ。6歳の頃からブルーズ一筋のアカデミー産ストライカーは今季、背番号「9」と共に大きな期待を背負うことになる。エデン・アザールというスコアラーが抜けた穴を埋めるためにも、得点力が求められるからだ。
エイブラハムは193cmも身長があるため地上戦でも空中戦でもボールを収めることができ、スピードもあるため裏への抜け出しには迫力がある。時には相手に体をぶつけながらボールを前に運ぶこともできる上に、技術レベルも高く、なんでも高いレベルでこなすことができる万能型だ。
過去の実績でいうと、2017/18シーズンのスウォンジー時代はプレミアリーグに31試合出場して5ゴールのみ。物足りない結果に終わったが、その前年2016/17シーズンはイングランド2部のチャンピオンシップに所属するブリストル・シティでリーグ戦41試合に出場して23ゴールを記録している。
直近の2018/19シーズンは同じく2部のアストン・ヴィラでリーグ戦40試合に出場して26ゴールをゲット。プレミアリーグ昇格に貢献した。まだトップリーグでは目立った実績がないものの、少なくとも2部レベルでは圧倒的なスコアラーである。
ランパード監督もエイブラハムの得点力を信用しているようだ。
「昨年チャンピオンシップで能力の高さを証明したね。そしてチェルシーでも証明する時がきた。タミー(・エイブラハム)はゴールスコアラーだ。常にゴールに飢えている。その姿勢を気に入っているんだ。ゴールスコラーには自信が必要だが、今日のゴールはよい影響があるだろう。でも有頂天にはならないように注意はしている。タミーは本当によくやった。エネルギーもとてもよかった。トップチームにふさわしい選手だ」とバルセロナに勝利した後の記者会見で若き9番についてコメントしている。
ストライカーの資質でいうと、メンタル面をセルフコントロールできている点も素晴らしい。例えばバルセロナ戦の22分にはこぼれ球を押し込むだけの場面でシュートを枠外に外してしまったのだが、上手く気持ちを切り替えることができたようだ。
試合後、「少し前までは決定機を外した直後は頭が真っ白になってしまうこともあったけど、それではダメだと学んだんだ。ワールドクラスのストライカーである、(ハリー・)ケインや(セルヒオ・)アグエロを見ていると、一度ミスをしても集中力を持続させて、再びゴールを狙い、ネットを揺らしているよね。それこそが自分にも必要だと思い、頭を切り替えていたところ、運がよくまたチャンスが訪れて最終的にゴールを決めることができた」とエイブラハムは語った。
エイブラハム覚醒へ。課題と成長への期待
もちろん課題がないわけではない。個人での打開力や、カウンターでボールを受けた際の状況判断など、いくつか改善していきたいポイントはある。とはいえまだ21歳。これからの成長に期待していきたいところだ。もちろんランパード監督もサポートしていく姿勢だ。
「チームには競争があり、絶対的な存在はいないと選手たちには話している。ただし『エースストライカーになる』という姿勢を示すことはチェルシーにとって不可欠なんだ。そのために私がストライカーの選手たちが自信をもってプレーできるように努めるよ」
なおエイブラハムは、昨季アストン・ヴィラでアシスタントマネージャーを務めたジョン・テリーからも指導されている。
チェルシーの新たな9番は「小さい頃から見てきた選手にコーチをしてもらったのはとても素晴らしかった。僕にはテリーがまだ選手にしか見えないから奇妙にも思えたけど、彼のサポートをシーズン通して受けられたのはとても良かった」と偉大な元キャプテンについて語った。
テリーやランパードらレジェンドたちからは、ディディエ・ドログバなどチェルシーの偉大なストライカーの優れた点についても教えてもらっているはず。彼らの良い部分から学び、エイブラハム自身の良さも発揮して、新シーズンのプレミアリーグを席巻して欲しいところだ。
(取材・文:内藤秀明)
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