「GKってこんなに楽しいんだなと思ったのは…」
今シーズンのFC東京が掲げたテーマは「守から攻への切り換え」。そして林のテーマは「GKからいかにいい場所にボールをつけるか」、つまり攻撃への関与だった。キックとスローを問わず、ビルドアップを円滑にするための、事前の林の判断が、FC東京の攻撃を下支えしている。
そしてその林が“準主役”に躍り出た。J1第17節の横浜FM戦で、1-1の同点ゴール、そして2-1とする逆転ゴールの起点となるフィードを連発したのだ。それぞれキックとスローで送ったボールが髙萩洋次郎を経由して俊足のアタッカーである永井謙佑またはナ・サンホに渡る、じつに流麗なかたちのゴールだった。
「今年、記者のみなさんに『足もとの部分が申さん(森下申一GKコーチ)とのトレーニングで向上できている実感がある』と話をさせてもらっていましたが、開幕の時点からあれ(2得点の起点)を理想としてやっていたんです。(ようやく結果が出たばかりで)まだできていない部分も多々ありますけれども、多少はいいボールを蹴れるようになってきた。足もとは今年の成長が手応えに変わってきているところのひとつですね」
攻撃から守備まで八面六臂の活躍は、GKってこんなに楽しいポジションなんだ――と認識をあらためさせる魅力にあふれている。当の本人もGKの楽しさを認めているが、しかし楽しくなってきたのは比較的最近のことなのだという。
「東京に来て三年目になりますが、GKのトレーニングをしていて、それがいかに面白いかと、この二年間で奥深さを感じられるようになりました。これまで32年間生きてきて、GKってこんなに楽しいんだなと思ったのは、この三年間がいちばんかもしれない。30歳になったから楽しいんじゃなくて、これを知ることができたから楽しいんだ、というか。
つなぎの部分でも変化をつけられるプレーヤーでありたいし、かつシュートを止めるということもこんなに奥深いのかとあらためて感じながらやれていることが、楽しさにつながっています。ただ、まだ向上できる余地がいっぱいある。もっと成長したいし、もっとそういうところを見せたい」
「ジョアン前GKコーチの練習に感銘を受けました」
指導者の命令でGKをやらされるところから始めるケースでは、なかなかこのポジションを好きになるのは難しい。林ですら「ぼくもキライでしたからね、GKが」と苦笑いするほどで、自分なりにGKのよさを考えてはいたものの、子どもたちに『どうやったら好きになれますか』と訊ねられても、『いろいろ積み重ねることだと思うよ』と答えるのが精一杯だったという。
「そのくらい、まだ確信が薄かったんでしょうね。でもここ数年のGKトレーニングが自分自身の血肉になり、ベースになっている。ひとくちには言い切れないんですけれども、いまではGKというものにフィールドプレーヤーとはまた異なる存在価値と奥深さを感じているんです。
体が大きくてGKをやらされる子は少なからずいると思うんです。でもぼくはジョアン(ミレッ)前GKコーチの練習に感銘を受けました。本当に、説明が難しいんですが――彼がぼくらに説明するのが難しいくらい(笑)。
1,000のファイルがあって、そのファイルひとつにつき3時間を要するらしいんですよね。その理論をさらに、体が動くように習慣化させることが難しい。でも、できるようになるとなんてことはなく、スムーズに体が動く。リフティングの回数が3回だったものが20回できるようになったあとは『なんで3回しかできなかったのか……』と思いますよね。ジョアンのトレーニングも同様で、それに似た感覚を30歳にして得たわけです」
30歳を過ぎてから個人として全盛期を迎え、チームもしびれる優勝争いをしている。この状態で臨む多摩川クラシコに気合が入らないわけがない。林は昨年のチャンピオンに対し、闘志をたぎらせた。
「間違いなく川崎フロンターレさんは最後まで優勝争いしてくるチームだと思います。開幕から数試合、本調子ではない試合がつづいたと思っていたら、シーズン半分でもうこの位置につけている。彼らには計り知れない底力があって、リスペクトをしないといけない部分が多くある。
彼らに当たり前のように負けていては優勝できないので、彼らと対等以上に戦えるチームにならないといけないですし、彼らに『東京とやるの嫌だな』と思われるようなチームにならないといけないと思っています。ライバルチームである以上、そこに対する想いだけは相手に負けちゃいけない。ホームで戦える利点もある。しっかり集中して勝ちたいと思います」
J1最強のGKが守るそれぞれのゴールを、どちらのストライカーがこじ開けるのか。そしてFC東京のゴールを林のキックが生み出すのか。天王山と呼ぶにふさわしい最高峰の戦いが、味の素スタジアムで待ち受けている。
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(文:後藤勝)
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