コパ・アメリカで狙う下克上
6月17日のチリ戦からコパ・アメリカ2019の戦いをスタートさせる日本代表。森保一監督と23人の選手たちは12日に現地入りし、13日から調整をスタート。初戦を3日後に控えた14日はサンパウロ市内で約2時間の非公開調整を実施し、本番を想定した戦術の落とし込みを行ったと見られる。
トレーニング前には97年にジュビロ磐田で指揮を執っていたルイス・フェリペ・スコラーリ・ブラジル代表前監督が訪問。指揮官を激励するとともに、レアル・マドリー移籍が決まったばかりの18歳の久保建英ら若手メンバーに熱視線を送っていた。
その久保だが、練習後に「すみません。大会に集中したいので、大会が終わるまでは大会のことだけしか答えないです。よろしくお願いします」と自らレアル・マドリー移籍に関する話題を封印。コパ・アメリカでの活躍に全力を注ぐ決意を示した。
アレクシス・サンチェスやアルトゥール・ビダルら世界トップレベルの選手を擁するチリのレイナルド・ルエダ監督はすでに日本戦の先発を予告している模様で、日本を格下扱いしているのは間違いない。そこを逆手に取ってやろうというのが久保の思惑である。
「あんまり日本は知られていないと思いますし、軽く見てるのかなっていうくらいの印象なんで、全然対策もされないと思う。むしろ初戦が一番チャンス。自分たちの方が相手の材料は持っているんで、しっかり勝ち点3を狙っていきたい」と勝負師らしい鋭い目つきでジャイアントキリングを狙うつもりだ。
ただ、チリもウルグアイもエクアドルもU-22世代主体の日本より実績も経験値も上なのは確か。9日のエルサロバドル戦で国際Aマッチデビューを飾った久保と言えども、そう簡単にはいかないケースにも直面するだろう。
岡崎慎司が語る久保建英の人物像とは?
そしてコパの後、赴くスペインでも3部リーグ所属のカスティージャで1年間はプレーすることになるため、いきなりの華々しい活躍は叶わない。仮に1年後にトップチームに昇格できたとしても、選手層の厚いチームで出番を得るのは至難の業だろうし、日本代表との行き来を強いられた場合はフィジカル・メンタル的にも大きな負担がのしかかる。
最多キャップ数の152試合の記録を持つ遠藤保仁、2010年南アフリカ・2014年ブラジル・2018年ロシアの3度のワールドカップでキャプテンを務めた長谷部誠のように、30代半ばまで代表で活躍した選手は、25歳前後でレギュラーに定着した選手が多い。
22歳でA代表デビューを飾り、24歳で初めてのワールドカップを経験してドイツへ渡り、30代に入ってから代表100試合・50ゴール超え、イングランド・プレミアリーグ制覇という数々の偉業を達成した岡崎慎司も「晩熟グループ」に入る。
「僕はどっちかというと遅咲きの方だったんで、早咲きの選手の気持ちは分からない」と言う。過去の代表選手が誰1人体験したことのない未知なる領域に足を踏み入れようとしている「早熟の天才」は、果たして10年、15年先まで息の長い代表キャリアを送ることができるのか。そこは気になる点と言っていい。
「早くから代表デビューした選手が日の丸を背負って長く活躍するのが難しいという見方は、必ずしもそうじゃないんじゃないかなと僕は思います。心配じゃなくて、楽しむくらいのメンタルがあれば問題ないと思う。
それにタケはそういうことを重荷に感じるキャラクターじゃない。メディアに対してはちゃんとしたコメントを言っていますけど、意外に子供っぽいというか、感情を爆発させるところがある。悔しかったら泣いたり、点を取ったらメチャクチャ嬉しいといった気持ちを出しながら、一喜一憂していけば、きっと成長できると思います」と岡崎は久保の人間臭いキャラクターがプラスに働くと考える。
大きな飛躍への第一歩となる今大会のノルマとは?
確かに過去の代表スターにのし上がった選手たちにも感情的な一面が少なからずあった。中田英寿はメディアに一線を画してはいたものの、勝ち負けに対してつねに敏感に反応していた。
中村俊輔も若かりし頃、フィリップ・トルシエ監督への意見の相違を口にしながら、悔しさをバネに成長しようと努めていた。本田圭佑も2010年にCSKAモスクワへ移籍する前はとにかく饒舌で気持ちをストレートに表現するタイプだった。
久保も周囲の注目にさらされながらも、そういった自分らしさを失わずにサッカーに取り組んでいけば、先人が誰もなし得ていない新たな代表キャリアを形成できるかもしれない。そこは大いに期待したいものだ。
さしあたってチリ戦でのパフォーマンスが注目されるところ。そこで久保がビダルをキリキリ舞いするような切れ味鋭いドリブル突破や仕掛けを見せてくれれば、チームは大いに盛り上がる。ゴールという結果も現実味を帯びてくるだろう。
「今、自分に注目が集まっているんだとしたら、いいニュースを届けられればそれが2倍にも3倍にもなる。逆に躓いたらいい意味でも悪い意味でも大きく取り上げられると思う。自分に残された選択肢としては、いいふうに取り上げてもらうことしかない。それがいいと思います」と久保はレアル・マドリー移籍決定のフィーバーを新たなエネルギーにしてピッチに立つ覚悟だ。
その思いを爆発させて、大きな飛躍を遂げ、代表で長く大黒柱に君臨するための布石を打つこと。それが今回のコパ・アメリカで彼に課されたノルマだ。
(取材・文:元川悦子【サンパウロ】)
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