2年前の守護神・廣末から受け継がれる「正座戦法」
不思議な光景だった。緊張と興奮が交錯するPK戦。キッカーがボールをセットし、埼玉スタジアムに息を飲む瞬間が訪れてから状況が一変する。対峙するゴールキーパーが一歩、二歩と下がる。ゴールのなかでひざまずいた体勢となり、目を閉じながら顔を下げ、両手を腰に当てている。
青森山田(青森)が2年ぶり2度目の優勝を飾り、平成最後の王者となった第97回全国高校サッカー選手権。決勝までの5試合で最も苦しんだ一戦をあげれば、尚志(福島)との準決勝になる。お互いに3ゴールを奪い合い、もつれ込んだPK戦で異彩を放ったのは、勝者の守護神による儀式だった。
ゴールキーパーがセットされたボールにまず近づき、両手を大きく広げながらゴールライン上へと下がるのが、よく見られる駆け引きとなる。キッカーに威圧感を与える意味合いが込められているが、青森山田のキャプテンを務める飯田雅浩(3年)は対照的なアプローチを取り続けた。
冒頭で記した体勢から、「正座戦法」と命名すればいいだろうか。悲願の初優勝を果たした2年前の守護神、廣末陸(レノファ山口)も取り入れていた儀式は、どのような意味をもっていたのか。
「決して青森山田の決まり、ということではないんですけど」
苦笑いとともにこう前置きしながら、時間にして数秒の間に3つの狙いを込めていたと飯田は明かしてくれた。まずは相手が放つPKへの集中力を研ぎ澄まさせることだ。
「大勢のお客さんが入ったあの大舞台で心を落ち着かせる意味でも、あの体勢を取ったのは正解だったと思っています」
神村学園(鹿児島)との1回戦でも、尚志はPK戦を戦っていた。蹴ったコースを含めて、相手のデータは大久保隆一郎GKコーチから伝授されていた。しかし、1人目のDF沼田皇海(すかい=3年)は神村学園戦とは逆のコース、飯田から見て左側へ蹴り込んで成功させた。