指揮官の「復活させたい」思いに応え…
もしかすると、周囲には奇異な光景に映っていたかもしれない。昨年の師走。羽田空港の近くにあるホテル内だったが、ラウンジか、カフェだったかの記憶は少し曖昧になっている。それでも、大の男たちが人前で泣き始めたことだけは、照れ笑いする梅崎司の記憶にはっきりと刻まれている。
「そこまでボロ泣きはしていないんですけど。まあ、お互いに(泣いた)、という感じですね」
当時の梅崎は、10年間所属してきた浦和レッズから契約延長のオファーを受けていた。そして、完全移籍のオファーを提示してきた湘南ベルマーレとの間で心が大きく揺れ動いていた。迎えたベルマーレとの初交渉の席で、曺貴裁(チョウ・キジェ)監督は「もったいない」と訴えかけてきた。
梅崎はレッズがアジア王者として出場したFIFAクラブワールドカップを戦い終えて、UAEから帰国したばかりだった。一方の曺監督も年末恒例のヨーロッパ視察から、予定を急きょ早めて帰国していた。いまではこう思える。梅崎との交渉が入ったからではないか、と。
「お前のことを再生させたい。復活させたいんだ」
曺監督は「もったいない」に続いて、万感の思いを込めた直球をど真ん中に投げ込んできた。それらを必死に受け止めた梅崎も、胸の奥底に秘めていた本音をわしづかみにされたと感じずにはいられなかった。交渉というよりは、心と心のぶつけ合い。気がついたときには、2人の目から涙がこぼれ落ちていた。
昨季の梅崎は、リーグ戦で10試合、355分間の出場時間に終わっていた。先発はわずか3試合。10年ぶりに頂点に立ったAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を含めて、後半の終盤において試合を締める役割を担った。レッズの勝利のために、ウイングバックの2番手に徹し続けた。
もっとも、自分の体に問いかけてみれば、2016年8月に全治7ヶ月の大けがを負った左ひざに全く不安を感じなくなっていた。シーズンが開幕する直前に30歳になった。現役でプレーできる時間が確実に減ってきている状況で、胸中には対照的な思いがあらわれてきていた。
「年を取るたびにだんだん自分を押し殺して、チームのために徹することがすごく増えていました。チームに埋もれるというわけじゃないけど、レッズというクラブだからこそ、そのなかにいられることへの価値はすごく感じていましたけど、一方で『このままじゃダメだ』という思いもずっとありました。ここ数年、自分のなかで感じていた葛藤が、昨季はさらに強くなっていた。ポジション争いで勝負したい、と」