食中毒に襲われながらもスタジアムへ
「お尻だよ」
中年の看護師はそう言うと背を向け、私が正しく理解できるように自分の尻を掴んでみせた。
そこまでしなければならなかった。今年のACLで14試合を追いかけ、不安の中でイランのビザ発給を待ち、5000マイル以上の長旅を経たあと、決勝を観戦するためにはさらに、折り悪く私を襲った食中毒の症状を緩和するため試合当日の朝に臀部に注射を打つことが必要となった。2本もだ。
迷っている場合ではない。ベッドの上で体を転がし、やるべきことをやった。
そして、実際のところその価値はあった。
アザディ・スタジアムで試合を観戦した者なら誰でも、機会があれば一度は経験すべきことだと勧めてくるだろう。今の私も間違いなくその1人だ。
1970年代に建設されたアザディ・スタジアムは、特別に綺麗というわけではない。テヘラン北西部の複合スポーツ施設群の中に建てられた巨大で埃っぽい円形競技場は、ペンキで塗装した方がもう少し見栄え良くなることは間違いないだろう。
だがもちろん、最高のスポーツ会場というものはそれ自体が素晴らしいということは滅多になく、会場内のファンと彼らが生み出す雰囲気こそが最高であることがほとんどだ。その点でアザディ・スタジアムは、私が経験してきた中でも圧倒的に1位だった。
鹿島アントラーズがペルセポリスと対戦する前日にグラウンドを訪れた時から、特別な何かを感じさせる兆しはあった。複合施設に至る堂々たる入場路には早くもサポーターが集まり始めていた。試合のためイラン全土から車で駆けつけた彼らは、ゲートが開かれるのを待ちつつ、歌ったり踊ったり、クラクションを鳴らしたり、莫大な量のピスタチオを消費したりしてその日の残り時間と夜を過ごすのだった。