チッチ監督就任で本来の姿を取り戻す
【ブラジル代表】
FIFAランキング:2位(2017年12月)
監督:チッチ(2016年~)
最高成績:優勝(1958年スウェーデン大会、1962年チリ大会、1970年メキシコ大会、1994年アメリカ大会、2002年日韓大会)
南米予選1位通過
コパアメリカで連覇中のチリが涙を飲み、天才メッシ擁するアルゼンチンが最終節で辛うじて出場権を獲得するなど世界でも最も熾烈と言える南米予選。そんな激戦区を首位で突破し、世界最速でロシア行きの切符を手にしたブラジルだが、予選中には「二つの顔」を見せていた。
4年前のワールドカップでは準決勝でドイツに1対7で惨敗。ブラジルサッカー史上最大の屈辱として刻み込まれた「ミネイロンの惨劇」は未だブラジル国民の脳裏に刻み込まれたままであるが、ドゥンガ前監督が率いる南米予選では序盤から苦戦を強いられた。
29年ぶりのグループリーグ敗退に終わった2016年6月のコパ・アメリカ・センテナーリオの醜態を受け、ドゥンガ監督はその座を追われたが、当時の南米予選の順位はプレーオフ圏外の6位。
本来は本大会での優勝しか目指さないはずの王国の民は、「ワールドカップに出られないのでは」という恐怖を抱かざるを得ないほどブラジルの威信は地に墜ちていた。
そんなサッカー王国がすがったのは国内で最も勝てる監督として評価を高めていたチッチだった。
2012年にはコリンチャンスを率いてコパ・リベルタドーレスを制覇。クラブワールドカップではチェルシーを1対0で破って世界一に輝いた指揮官は、ブラジルにとっての「最終兵器」でもあった。
「まず予選突破が目標。我々が本大会に行けない可能性は現実としてあり得る」。就任会見で、こう釘を刺したチッチだったが、ブラジルはすぐに本来の強さを取り戻して行くのだ。
「ネイマールデペンデンシア(ネイマール依存症)」という造語に象徴されるブラジル大会以前からの課題もチッチによって解消。マルセロやカゼミロら実力者に定位置を与え、コリンチャンス時代の「懐刀」だったパウリーニョも代表復帰。攻守両面でコレクティブさを取り戻したカナリア軍団は、チッチの就任から最終節まで12勝2分け1敗という圧倒的な成績で1990年のイタリア大会以来となる世界最速での予選突破を決めるのだ。
「チッチがセレソンを変えてくれた」と話したのはエースのネイマール。ドゥンガ時代は不似合いなキャプテンマークの重圧に足を引っ張られた背番号10だったが、チッチはコリンチャンスで世界一に輝いた当時と同様に、試合のたびにゲームキャプテンを変えるマネージメントを実施。絶対的な軸はネイマールではあるが、チーム得点王は7点を奪った新鋭ガブリエウ・ジェズスで、パウリーニョもネイマールと並ぶ6得点と躍動した。