中村憲剛のひらめき。「目先を変えてみようかな」
脳裏に閃くものがあった。前半から数えて10本目のコーナーキック。等々力陸上競技場のゴール裏を埋めたサポーターの祈りを背に受けながら、右のコーナーエリアにボールをセットする川崎フロンターレの大黒柱、MF中村憲剛は意を決した。
「ちょっと目先を変えてみようかな」
それまで獲得した9本のうち、後半11分のショートコーナーを含めて、6本をニアサイドに集めていた。DF奈良竜樹が放った強烈なヘディングシュートが、ガンバ大阪の日本代表GK東口順昭に防がれた前半28分の2本目を除けば、すべてガンバの選手にクリアされていた。
しかも、ガンバのニアサイドにはDF谷口彰悟をマンマークする183センチの日本代表DF三浦弦太、奈良をマンマークするDF今野泰幸だけでなく、後半途中からは192センチの長身FW長沢駿がスペースを埋めるようにそびえ立っていた。
時計の針は後半37分にさしかかろうとしていた。スコアは両チームともに無得点。それでも、不思議と焦りはなかった。むしろ、コーナーキックに関しては“餌”をまき続けた、という感覚を抱いていたのかもしれない。中村が続ける。
「もちろんチームとしても狙いはありますし、どこに蹴るか、誰がどこに入るかというのはあるんですけど。ニアだったらはね返されて終わりですけど、ファーに蹴ったらヒガシ(東口)も届かないだろうし、まだ何かが起こるかもしれないので。その意味ではちょっと蹴ってみようかなと」
三浦や今野、そして長沢を越えた高い弾道が弧を描きながら、狙いを変えたファーサイドに急降下してくる。中村からは特にサインは送られていない。それでも落下点ではMF家長昭博が、マーカーのDF藤春廣輝と激しくポジションを争いながら、ジャンプするタイミングをうかがっていた。
「中へ入っていく選手が、各々のポジションに入っていくだけなので。たまたま僕のところに来ただけです」
こう振り返る家長が放ったヘディングシュートは藤春の体をかすめ、ゴールの枠を外れるかたちで左側へ転がっていく。そこへ走り込んできたのが、日本代表MF井手口陽介のマークを巧みに外し、フリーの状態になっていたDFエウシーニョだった。