オシム監督倒れる。またも急きょ監督に就任した岡田武史氏
2006年ドイツW杯惨敗の後、日本代表はイビチャ・オシム監督体制へと移行したが、2007年11月に指揮官が急病で辞任。2010年南アフリカ大会3次予選スタート直前に岡田武史監督(現FC今治代表)が再び就任することになった。
3次予選はタイ、バーレーン、オマーンと同組。天国と地獄を味わった97年フランス大会最終予選経験者にしてみれば、そこまで重圧を感じなかったかもしれない。ただ、チーム作りを入念に行っている時間はなかったため、2008年2月の初戦・タイ戦(埼玉)、3月のバーレーン戦(マナマ)の序盤は鈴木啓太や巻誠一郎(熊本)らオシムジャパンの主力を軸に据えていた。
だが、6月のオマーン(横浜&マスカット)・タイ(バンコク)・バーレーン(埼玉)の4連戦のあたりから、長谷部誠(フランクフルト)、長友佑都(インテル)、内田篤人(ウニオン・ベルリン)、香川真司(ドルトムント)ら現代表につながる若手を続々と抜擢。自分の色を出しながら、最終予選(4次予選)へとつなげていった。
日本のA組にはオーストラリア、バーレーン、カタール、ウズベキスタンが入った。5ヶ国のうち上位2位が本大会出場権を獲得し、3位はB組3位とプレーオフを実施。アジア5位になったチームがオセアニア王者に勝てば南アに行けるという形だった。大陸間プレーオフの相手がオセアニアと北中米カリブ海では天と地ほどの違いはあるものの、ロシア大会の最終予選とほぼ同じ形式で戦いが進められた。
2008年9月6日の初戦はアウェイ・バーレーン戦(マナマ)。ジーコジャパン時代にオマーンを率いて日本を苦しめたミラン・マチャラ監督が同国を指揮していて、日本は3次予選のアウェイ戦で同国に負けていた。それだけに緊張感の募る一戦になると思われた。
だが、幸いにしてこの時期はラマダン(断食)の真っ只中。選手たちは食事を摂らずに調整していたことが取材で明らかとなり、日本は大きなアドバンテージを得た。