スペイン2部に日本代表が続々と
日本でかつてこれほどまでにスペイン2部に注目が集まったことはあっただろうか。
この夏、昨季まで同国1部のヘタフェで10番を背負っていた柴崎岳が2部のデポルティボ・ラ・コルーニャへ移籍。さらにボルシア・ドルトムントで居場所を失っていた香川真司も、2部のサラゴサへ移籍してスペイン挑戦の夢を叶えた。まだ選手登録は済んでいないが、レスターの一員としてプレミアリーグ制覇の経験を持つ岡崎慎司もマラガと契約を交わしている。
彼らはいずれも日本代表で中心的な役割を果たしてきた、あるいは現在進行形で主力を担う選手だ。欧州のトップリーグや国際舞台での実績も豊富で、香川や岡崎に関してはチーム内で最も市場価値の高い選手となっている。
欧州の市場では少しでもパフォーマンスが落ちれば、あっという間に居場所がなくなってしまう。競争の激しさは日本国内の比ではないし、遅れを取ればすぐに忘れられてしまう。常に自分の存在をピッチ上のパフォーマンスをもってアピールし続けなければ生き残っていけない世界なのは間違いない。
時の流れの早さも実感する。テクノロジーやトレーニング手法の発展にともない選手寿命が伸びる一方、猛烈な勢いで成長してくる最新の戦術を身につけた若手の台頭や有望株の青田買い合戦は激化の一途を辿り、それにともなって選手の入れ替わりも激しくなっているのだ。
いまや欧州トップレベルのクラブでは主力のほとんどが20代前半で、15歳や16歳で破格の高給を受け取りながら最高峰の舞台に立つ選手も珍しくない。彼らは1990年代後半の生まれ、あるいは2000年代生まれの選手たちだ。
逆に少し前まで年齢を気にすることすらなかった香川や岡崎は、いつのまにかベテランとして扱われる。前者は1989年生まれの30歳、後者は1986年生まれの33歳。彼らだけではなく、30代に入ったばかりで脂の乗った選手が、すでに第一線では忘れられた存在になっているのは少し寂しい。
香川に重なる2年前の柴崎の姿
1992年生まれで「プラチナ世代」の一員として注目されてきた柴崎も、もはや中堅と言われる年齢になった。数年後には欧州市場の中で存在感はさらに希薄になっているかもしれない危機感は当然あるだろう。
だが、彼らはまだまだ輝ける。スペイン2部が決してレベルが低いリーグだとは思わないし、むしろ非常に競争力のある難しいコンペティションだと考えているが、選手として今後のキャリアをどう描いていくかという観点で、ちょっとした疑問が湧いてきたのも事実だ。
特にサラゴサでの香川を見ていると、どこか2017年のテネリフェ時代の柴崎の姿を思い出す。
当時海外初挑戦だった柴崎は、適応に時間こそかかったものの、ピッチ上ではすぐに周囲の信頼を勝ち取った。いつの間にかテネリフェは柴崎なしでは戦えないチームになっていて、すべての攻撃が日本人MFを経由して成り立つほどに欠かせないキーマンとなった。
おそらく渡欧したばかりで今ほどスペイン語も流暢ではなく、周囲とのコミュニケーションを図ることは容易でなかっただろうが、サッカーの実力で自分の存在を認めさせたのである。結局、テネリフェは1部昇格プレーオフに進出してヘタフェと最後まで昇格を争った。柴崎は次のシーズン、プレーオフの対戦相手だったヘタフェに引き抜かれてスペイン1部の舞台に立つことになる。
もちろんどこまで“個人昇格”を意識してテネリフェ行きを選んだかはわからない。スペインへの挑戦を望んでいた柴崎は、移籍市場閉幕のギリギリまで粘って離島の2部クラブとの契約にこぎつけた。そこでしっかりと実力を証明して、1部への階段を登ったのだった。
香川はどうだろうか。彼にしてもこれまでスペイン挑戦の夢を隠すことはなかったので、ある意味その夢が叶ったとも言える。だが、2部だ。ドルトムントやマンチェスター・ユナイテッドでチャンピオンズリーグの舞台にも立ち、ヨーロッパのトップリーグで十分に戦えるクオリティと価値がありながら、おそらく金銭的な条件面でも相当なマイナスがあるはずの環境に飛び込んだ。
もちろん近年は継続的な出場機会に恵まれず、昨季後半戦にレンタル移籍していたトルコ1部のベシクタシュでもベンチスタートが多かった。実戦から離れているというマイナス要素こそあれど、スペイン2部で香川はオーバースペック過ぎるのではないかと感じる。
2部でプレーすることの是非
実際、サラゴサ加入時にスーパースター的歓待を受けた香川は、瞬く間にポジションを勝ち取った。ビクトル・フェルナンデス監督からトップ下を任された背番号23の日本人MFは、言葉の壁もありながら、ピッチ上では別格の技術とプレービジョンを見せている。
攻撃時にボールは自然と集まってくるし、守備でも身振り手振りを交えながら周りに指示を出す。すでに初ゴールも挙げ、信頼は確固たるものになっている。地元メディアによれば、指揮官も「彼の順応には目を見張るものがある。とても謙虚で、言葉はまだ難しいようだが、いつも笑っていてグループの中に溶け込んでいる」と香川の振る舞いを絶賛したという。
とはいえ、もはやそこに競争はないのかもしれない。実力があるからといえばそれまでだが、基本的に試合に出られる状況が保証されていることをどう捉えるか。トップコンディションを保つため、再び市場価値を高めるため、ステップアップを狙うためには常に試合に出られる環境は重要だが、競争がないことによって選手としての何かしらの殻を突き破るような成長があるかは微妙なところだ。
クラブにとってそのレベルを超越した選手が加入することは願ったり叶ったりだろう。香川は当然スペイン1部でのプレーを目指していただろうが、満足のいくオファーがなく、あえて2部を選んだのかもしれない。
だとすれば、サラゴサで継続的に出場を重ねることで自身の価値を証明し、短期間での“個人昇格”や、チームを昇格させての1部参戦を目論んでいてもおかしくはない。とはいえそういった将来は何も保証されているわけではない。与えられた環境で掴み取らなければいけないもので、現状から大きくブレイクスルーしなければ、チャンスは巡ってこないかもしれない。
また、国際Aマッチウィークに中断がなく試合が行われる2部リーグでのプレーは、日本代表に返り咲くためには障害にもなりうる。クラブとして選手の供出義務があるため日本代表招集に応じなければならないが、離脱している間にポジションを失ったり、チームの成績が落ち込んでいたりする可能性もあるのだ。
香川にはまだまだ輝いていてほしい。かつてのように溌剌としたプレーをトップレベルの舞台で見たい。もちろん本人がスペインでのプレーに喜びを感じているなら素晴らしいことだが、将来を考えれば、2部への移籍を手放しで喜んではいけないのではないだろうか。
(文:舩木渉)
【了】