自らのミスを取り返した劇的ゴール
どん底からはいあがってきた男は強い。ピッチにはいつくばり、絶望的な視線で自軍のゴールのなかに転がるボールを見つめてから3分とたたないうちに、両拳を握りしめながら雄叫びをあげる。
リオデジャネイロ五輪代表候補だったDF奈良竜樹が自らの判断ミスで献上した失点を、J1では約4年4ヶ月ぶり、川崎フロンターレに移籍してからは2年目で初めてとなるゴールで帳消しにしてみせた。
ヴァンフォーレ甲府をホームの等々力陸上競技場に迎えた8日のJ1第6節。ともに無得点のまま、7分間が表示された後半アディショナルタイムに突入した直後だった。
左サイドのハーフウェイライン付近でボールを受けた相手FWドゥドゥを、DF谷口彰悟、プレスバックしてきたMF三好康児ではさみながら前を向かれ、スルリと抜け出されてしまう。
次の瞬間、ドゥドゥはゴール前へアーリークロスを入れる。標的はFW河本明人。マークしていた奈良は自身の右側に河本がいることを把握したうえで、オフサイドトラップをかける。
「あれは僕の致命的なミス。オニさん(鬼木達監督)からも練習のときから『オフサイドトラップに逃げないように』と言われていたのに、あの場面ではとっさに出てしまった。普通に(河本に)ついていけば、おそらく僕は追いつけていたと思うので」
右手をあげて副審にオフサイドをアピールするも、ドゥドゥからパスが出た瞬間、河本は奈良よりも体ひとつ以上も後方にいた。加速する河本と、プレーを止めかかった奈良。軍配はもちろん前者にあがる。
前方を疾走する「13番」との距離をぐんぐん詰め、最後は後方からタックルを見舞う。それでも、必死に伸ばした右足はわずかに届かず、飛び出してきたGK新井章太と無情にも交錯してしまった。
直後のピッチを「絶望」の二文字が支配する。すぐに試合を再開させるような行動は誰も取らない。キャプテンのFW小林悠も、大黒柱のMF中村憲剛も、どことなく虚ろな表情を浮かべている。
精神的にも大きなダメージを与えたヴァンフォーレの先制点。それでも小雨が降り続くなか、約2万人が駆けつけたスタンドは何度も奇跡が演じられてきた「等々力劇場」の再現を願って声を振り絞る。