「強いフリューゲルスを見せたい」
(クラブ存続の)署名活動は、もちろんやりました。みんなで手分けして、練習後に横浜駅なんかで夜遅くまで署名をもらっていました。ファンをはじめ、いろんな人たちから声をかけられましたけど、ひとつひとつの言葉は覚えていないですね。気持ちの余裕がなかったですから。
フリューゲルスが残ってほしいと思う一方で、「自分の来季はどうなるんだろう」という不安もありましたし。残念ながら、ファンのことまで考えられるような選手は、あの時はそんなに多くはなかったと思います。
僕自身は(存続に)かすかな希望は持っていました。社長も「撤回になるように努力する」とは言っていましたし。ほんの少しでしたけど、期待はしていました。
期待が完全になくなった時ですか? うーん、いつだろう。合併の調印式(12月2日)よりは前でしたね。(Jリーグの)シーズンが終わって、天皇杯が始まる前だったと思います。
僕の周りで「移籍先が決まった」みたいな話がちらほら聞こえてきて、それで「ああ、やっぱりなくなるんだな」と。僕自身ですか? そういう話は一切なかったですね。
それもあって、天皇杯(3回戦)が始まる前のミーティングで「サク(桜井)を出してやろうよ」という話になったんだと思います。言ったのはアツさんだったかな。要するに天皇杯を、まだ行き先が決まっていない選手のアピールの場にしよう、という話ですよね。ゲルトも「選手たちの意思を尊重する」というスタンスだったと思います。その時でしたね、あの言葉が出たのは。
「強いフリューゲルスを見せたい」──細かいニュアンスは覚えていませんが、意味としてはそういうことです。現時点でオファーがないのは、単に僕の実力がないというだけの話。
でも、やっぱり僕もプロなので、フリューゲルスで優勝したいという思いがありました。もし、あの時の言葉がなかったら……たぶんゲルトは僕をはじめ、移籍先が決まっていない若手中心でメンバーを組んでいたでしょうね。そうなっていたら、(天皇杯は)間違いなく違った結果になっていたと思います。