真のヒーロー登場に会場の空気が一変
会場の雰囲気が一瞬にして変わった。スタジアムDJが交代出場する「ティム・ケーヒル」の名をコールした時、5万人近い観客のボルテージが一気に上がった。まさにヒーローの登場シーンだ。
地元テレビ局の演出もニクい。ウォーミングアップを終えたケーヒルがベンチに戻る姿を背後からローアングルで追い、会場の巨大スクリーンに映し出す。完ぺきな盛り上げで観客を煽り、オーストラリアのサポーターからの歓喜の叫び声と、日本サポーターからの恐怖に近い叫び声がスアジアムをこだました。
日本代表の選手たちは試合後、ケーヒルの途中出場がプレーに影響がなかったなかったことを強調した。DFとして対峙することになる酒井高徳も、会場の空気の変化も含めて「試合前から注意しなければいけない選手だとわかっていたので(日本の)選手同士で『やばい』という感じはなかった」と語る。
それでも、あれだけ一瞬にして会場全体の雰囲気を持っていかれてしまうと、体が無意識の部分で反応してしまってもおかしくない。事実、ゴールこそなかったものの終盤は割り切ってケーヒルめがけてクロスを放り込んでくる相手に苦しめられた。
取材していた日本メディアも前日まで「ケーヒルはどのタイミングで出てくるのか」ということばかりに注目していた。まるでアレルギーか何らかの恐怖症のようだった。最終的にオーストラリア代表のアンジ・ポスタコグルー監督の記者会見で途中出場濃厚とわかったが、それまでのざわつきは畏れ以外の何物でもなかった。
登場するだけでヒーローになり、対戦相手をヒールに変えてしまう選手が今の日本代表にいるだろうか。長くても30分のプレーで状況を一変させる“ゲームチェンジャー”が日本に必要だと改めて感じた。それはプレーだけでなく、メンタル面も良い方向に変えてくれる、まさにケーヒルのような選手のことだ。
日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督はオーストラリア戦後の記者会見で交代カードを切るタイミングが遅れたことについて個人名に言及し、「齋藤(学)や浅野(拓磨)だと経験がない分、プレッシャーに負ける不安があった」と述べた。
「もしかしたらもっとフレッシュな選手を入れるべきだったかもしれない」と付け加えたが、齋藤と浅野に“ゲームチェンジャー”を任せるのは難しいと言っているようなものだ。しかし2人には、特に浅野にはケーヒルのような選手になれる可能性がある。