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混迷極めたデ・ヘア移籍騒動。食い違う両クラブの主張。最初の獲得報道から破談までを振り返る

現地時間8月31日、プレミアリーグを除く移籍市場が締切を迎えた。今夏最大の注目を集めたのは、マンチェスター・ユナイテッドのGKダビド・デ・ヘアの去就だろう。以前よりレアル・マドリーが獲得に興味を示していたが、移籍期間最終日にクラブ間で合意に至っていたにも関わらず、移籍は破談となってしまった。両クラブがオフィシャルサイトで声明文を公表し、自らの正当化する事態にまで発展している。今一度、最初のデ・ヘア獲得報道から移籍破談までを振り返ってみよう。

text by 編集部 photo by Getty Images

1.最初の獲得報道

混迷極めたデ・ヘア移籍騒動。食い違う両クラブの主張。最初の獲得報道から破談までを振り返る
デ・ヘアのマドリー移籍が最初に報じられたのは2014年10月【写真:Getty Images】

 最初にデ・ヘアのマドリー移籍が報じられたのは2014年10月中旬。当時はスペイン代表とマドリーでの低調なパフォーマンスをサポーターから批判されていたイケル・カシージャスの代役としてデ・ヘアの名前が浮上。

 ここから、デ・ヘアのマドリー移籍に関する情報が無数に溢れ出してきた。

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