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コラム 5日前

「明日の試合を中止にはできない」なぜ戦争下でもサッカーをやめないのか? 現役Jリーガーが感じたプレーする価値【コラム】

シリーズ:フットボール批評オンライン text by 岡田優希 photo by Getty Images

戦争が突きつけるリアル。奪われたウクライナサッカーの新たな拠点

 本書は嫌というほどにこの世界の現実というものを突きつけてくる。


 シャフタール・ドネツク(以下シャフタール)は、「1936年に設立されたが、当時盛んだったスタハノフ運動にちなんでスタハノヴェッツと名付けられた。

 30年代にその運動の名の由来となったのは、ソビエトの生産性の申し子だとされた炭鉱労働者のアレクセイ・スタハノフ。彼はロシアのマルコフスキー地区で生まれたが、ドンバスでの炭鉱労働により有名となった。

 チームはまさにその謳い文句通り、炭鉱労働者たちのチームであった。

 46年にシャフタール(鉄夫の意)に変更されても、そのつながりは維持され続けた。」(p61)という設立の歴史をもつ。

「特に個人の個性が軽視され、より広範な集団が優先されたソビエト時代には、地元や地域の誇りこそがすべてだった。」(p61)とのことから、シャフタールが生まれた理由も、ドンバスをホームとすることも、何より特別な意味をもつ。

 そしてシャフタールは2009年に総工費4億ドルをかけ「ドンバス・アリーナ」を完成させた。

 それは「東欧サッカーの新たな拠点となるものを。ディナモに挑み、ウクライナサッカーの中心地とらなり、ウクライナサッカーのための新たなスペースを生み出すことが目標だった。」(p159)

 さらには、「人目を惹くような何かで有名になったことなどなく、伝統的に労働者階級の街であった場所に、これほど壮大でこれほど仰々しいものが置かれた。」(p165)とあるように、ドンバス・アリーナは単なるホームスタジアムという意味以上に、歴史的、国家的に大きな意味合いをもつ建築物であった。

 しかしクラブがドネツクを離れると同時に「ドンバス・アリーナ」も失うことになる。

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