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1993年に開幕したJリーグでは、これまで数多くの外国人選手がプレーしてきた。そこには「助っ人」と呼ぶにふさわしい活躍をした選手が多くいる一方で、全く活躍できなかった選手もいる。今回は、助っ人としてJリーグのクラブに加入したものの、公式戦でプレーすることなく去った歴代の外国人選手を紹介する。
FW:ファイサル・モハメド(ガーナ)
【写真:Getty Images】
生年月日:1991年5月7日
所属クラブ:浦和レッズ
在籍時期:2009年7月〜2010年5月
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ファイサル・モハメド(登録名:ファイサル)は、2009年夏に練習生として1カ月間プレーした後、浦和レッズと契約を結んだ。
ファイサルは、2008年にU-17ガーナ代表候補に選ばれた快速FWだった。“野人”こと岡野雅行がつけていた背番号30を受け継ぎ、爆発的なスピードに加え、高い技術力も評価された。
新加入会見では「スピードとスキルが自分のアピールポイント」「憧れのFWはフェルナンド・トーレス」と語り、岡野のスピードにテクニックが加わった選手として期待を集めた。
しかし、当時18歳と若かったこともあってか、公式戦での出場機会は訪れなかった。Jリーグでベンチ入り2試合、2009シーズンにサテライトリーグで1試合に出場して1得点を記録しただけで、2010年5月に負傷のため帰国。同月9日に契約解除が発表された。
契約解除発表時、当時の浦和のゼネラルマネジャー(GM)だった柱谷幸一は「ケガもありましたし、環境への適合が難しかった部分などもあり、思ったような成長が見られず、残念ですがレッズとの契約を解除するという形になりました」と説明していた。
浦和にとってファイサルは、クラブ史上初のアフリカ人選手で、若い才能を育てるという新たな試みでもあった。浦和が次にアフリカ人選手と契約したのは2023年のホセ・カンテ(ギニア)。かなり期間が空いたことは、ファイサルの失敗が影響したのかもしれない。
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