宮崎キャンプではゴールを量産
2024年は高校3年ながらJ1・12試合出場1ゴールという結果を残した徳田。9月のサンフレッチェ広島戦で決めたプロ初ゴールは鹿島を優勝争いに踏みとどまらせるための重要な一撃だった。
その後はチャヴリッチの長期離脱、田川のコンディション不良もあって、彼はジョーカー一番手に位置づけられたほど。その急成長ぶりは目を見張るものがあった。
「広島戦のゴールを含めて手ごたえをつかんだ部分はありましたけど、もっともっとチームに貢献できるところはあった。1点じゃ満足できないし、出場時間が短いというのも言い訳できない。もっと自分に厳しくして、結果を求めてやっていく必要があると思います」と本人も昨年末のサッカーU-19(現U-20)日本代表候補合宿の際、目をぎらつかせていた。
迎えた2025年。鹿島にはレオ・セアラが加入。田川の状態も上がり、チャヴリッチも戻ってきた。選手層が厚くなった分、17歳のFWは相当に厳しい状況に置かれるという見方もあった。
しかし、彼は宮崎キャンプのトレーニングマッチでゴールを量産。主力組中心の1本目ではなかったものの、2・3本目でも得点能力の高さを鬼木監督に示し続けたのだ。その徳田をユース監督として直々に育てた柳沢敦コーチが今季からトップチームのスタッフに加わったのも追い風だが、彼は確実に戦力の1人と位置づけられつつある。
それだけ始動時から好調なのだから、2月のAFC U-20アジアカップ(中国)参戦が確実視されていた。ところが、1月28日に発表されたリストには彼の名前はなかった。