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Jリーグ 5日前

「神戸で何かを成し遂げたとは…」FC町田ゼルビアに移った菊池流帆の本音。心を動かしたもの「一番はそこですかね」【コラム】

シリーズ:コラム text by 藤江直人 photo by 藤江直人

中学2年生のときの震災…。サッカーへの情熱を取り戻すきっかけとなったのは

 岩手県釜石市で生まれ育った菊池は、中学2年生のときに東日本大震災を経験。怪我などは負わなかったものの、グラウンドには仮設住宅が建ち並び、大好きなサッカーを続けられる状況ではなくなった。

 打ちひしがれた心を高ぶらせてくれたのはキングカズだった。復興支援活動の一環で横浜FCが釜石市内で開催したサッカー教室で、FW三浦知良(現・アトレチコ鈴鹿)らと一緒にボールを追った菊池はサッカーへの情熱を再び取り戻し、卒業後は高校サッカー界の強豪、青森山田高校へ進もうと決意した。

 最初は特待生を志願するもセレクションでサクラは咲かず、それでもあきらめずに一般入試で合格。サッカー部内でもっとも下に位置するDチームからはい上がり、3年時にはインターハイでベスト4へ進出。初戦敗退ながら、最初で最後となった冬の全国高校サッカー選手権のピッチにも立った。

 黒田剛監督のもとでプレーした高校3年間で、サイドハーフで入学した菊池は唯一、通用していたヘディングの強さを生かすためにセンターバックへのコンバートを志願した。空中戦を徹底して磨き上げたこのころから、気がつけば一世を風靡していたダヴィド・ルイスの背中を追いかけるようになった。

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