「こういう試合でちゃんと点を取れるのがエースだよ」
「弱いボールだったらニアの選手に弾き返されていたので、あの場面ではボールのスピードと流し込むスペースだけを意識していました。ピエロス選手だったらあのスペースへ蹴れば、必ず走り込んでくれると信じていた。それは普段の練習からわかっていたので、正直、彼をあまり見ていなかったですね」
迎えた82分。加藤の心がときめく瞬間が訪れた。MF川辺駿に代わって青山が投入されたからだ。昨夏にセレッソ大阪から完全移籍で加入してからは2度共演し、昨年11月のガンバ大阪戦ではともに先発した。それでも引退表明後に初めてピッチに立った青山と、ともに戦えた時間は格別だった。
高校年代を広島ユースで過ごし、プロを目指していた加藤にとって、トップチームの中心でまばゆい輝きを放っていた青山は特別な存在だった。札幌戦後にはこんな言葉を残している。
「僕を含めたユースの選手全員が、いつかは一緒にプレーしたいと憧れていた選手でした」
ユースから広島のトップチームに昇格できなかった加藤は、中央大学卒業時も広島のオファーを勝ち取れなかった。J2のツエーゲン金沢で結果を残し、セレッソへステップアップしてから2年半。エースに成長して広島を振り向かせた昨夏には、チームを勝たせる覚悟と恩返しの思いを胸中に秘めて加入した。
そして、敗れれば優勝の可能性が消滅する札幌戦で、先制点を含めて3ゴールに絡む大活躍を演じた。3連敗中は加藤も無得点に終わり、その前は3試合連続ゴールで広島も3連勝していた。いま現在の広島における加藤の存在感を示すうえで、これほどわかりやすい構図はない。
「ここ数試合、得点力がちょっと失われていましたけど、そういった意味でも先制点は僕自身にとっても大きかったし、チームにとってもいい活力になったんじゃないかな、と思っています」
首位のヴィッセル神戸に勝ち点1ポイント差に迫る、4試合ぶりの勝利を喜んだ加藤へ、試合後に再び青山が声をかけている。会話の中身を、ちょっぴり照れくさそうに明かしてくれた。
「こういう試合でちゃんと点を取れるのがエースだよ、と話してもらえました。本当に幸せ者ですよね」
ヒーローインタビューの最後。加藤は「シャーレを必ず広島に持ち帰りましょう!」と絶叫して満員のスタンドを沸かせた。足を踏み入れかけたエアポケットから雄々しく復活し、レジェンドからエースの称号を授けられた加藤の脳裏には、敵地・パナソニックスタジアム吹田に乗り込む8日の最終節でガンバに勝利し、奇跡の逆転優勝をもぎ取った至福の喜びを青山と分かち合う光景だけが描かれている。
(取材・文:藤江直人)
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