海外日本人選手 最新ニュース
日本サッカー界では、欧州クラブで主力として活躍する選手が続々と出てきている。だが、過去を遡ってみると、実力があるにも関わらず短期間で海外挑戦を終えて日本に戻ってきた選手たちもいる。今回は、様々な理由により欧州クラブ在籍1年未満で帰国した日本人選手をピックアップして紹介する。※成績は『transfermarkt』を参照
MF/DF:三都主アレサンドロ
【写真:Getty Images】
生年月日:1977年7月20日
移籍先:浦和レッズ→ザルツブルク(オーストリア)
在籍期間:2007年1月~2007年12月
通常より1270円お得に観るならDMM×DAZNホーダイ[PR]
三都主アレサンドロは、テクニカルなドリブルを武器に1990年代後半から2000年代にかけてJリーグファンを大いに沸かせた。サッカー王国・ブラジルから来日し、2001年11月に帰化が認められて日本人となった男は、2007年に短期間ながら海外挑戦を経験している。
「アレックス」という登録名と特徴的なドレッドヘアで注目を集めた清水エスパルス時代を経て、三都主は2004年1月に浦和レッズへ完全移籍。日本代表として臨んだ2006 FIFAワールドカップ終了後の2007年1月には、ザルツブルクにローン移籍で加入した。
2006/07シーズンは、オーストリア・ブンデスリーガ優勝を経験。シーズン終盤戦にはベンチスタートが増えたものの、9試合に出場して1アシストをマークした。翌2007/08シーズンにはリーグ戦11試合で1得点2アシストを記録している。
だが、ザルツブルク側が完全移籍や契約延長のオプションを行使しなかったため、三都主は2007年12月に浦和へと復帰した。
ザルツブルク加入発表当時の浦和のクラブ公式サイトには「自分はプロサッカー選手としてはまだ日本でしかプレーした事がなくて、ヨーロッパで挑戦してみたいという気持ちが強くなった」という三都主のコメントが掲載されていた。
ザルツブルクでは“名将”ジョバンニ・トラパットーニの下でプレー。リーグ優勝という成果以上に、三都主はいちサッカー選手としてオーストリアで充実した日々を過ごしたに違いない。
2016年12月にジーコが主催したチャリティマッチへの出場を最後に現役を引退した三都主。2015年に日本を離れてブラジルへ移住する決断を下したが、同年1月に公開された FC岐阜(同選手が最後に在籍したJクラブ)の公式YouTubeでは「良い指導者になって良い形で日本に戻れるようにしたい」と、日本に対する愛情を示している。
【関連記事】え、早すぎ!? 欧州から一瞬で帰ってきた日本人(1)
え、早すぎ!? 欧州から一瞬で帰ってきた日本人(2)
え、早すぎ!? 欧州から一瞬で帰ってきた日本人 全紹介
【了】