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ペップ・グアルディオラに最も近いジャーナリストが、マンチェスター・シティの監督に就任した2016―17シーズンから三冠を達成する22―23シーズンまでを赤裸々にした『神よ、ペップを救いたまえ。』より、「一年目 本当に監督になりたいのか?」を一部抜粋して公開する。
(文:マルティ・ペラルナウ、訳:高野鉄平)
「フィル・フォーデン。彼の名前を覚えておいて」(2016年10月12日、マンチェスター)
【写真:Getty Images】
ディーンズゲートを散策するペップとクリスティーナに、変わらぬ日々を送る人々は、最低限の注意を払うことすらない。
また、ペップ自身も周りに気づかれぬよう、帽子で身を隠したりする素振りも見せず、ゆっくり歩を進める。黒いコートに身を包んだ2人に目を向ける者はいない。
前を歩く2人は、腕を組みながら幸福の抱擁に身を委ねる、ごく普通のカップルそのものであり、「恋人たちの晩餐」を祝うことのできるレストランを探していた。
私たちもまた夕食にふさわしい場所を探していたところで、彼らと出会った。
このときを1度目として私は何度もマンチェスターを訪れることになるが、ミュンヘンでの経験を踏まえて、いつも目立たぬようにしていた。
妻のロレスと私がペップとクリスティーナに会ったのは偶然だった。
まるで映画のワンシーンのように、2組のカップルはディーンズゲートの通りから同じレストランの店内を覗き込んでいたところで、ミュンヘンで何度もディナーを共にした相手との再会に気がつく。時間はかからなかった。
挨拶のキスを交わしたあと、ペップは間髪入れずにこう切り出す。
「トッテナム戦で私は、相手のやってきたことに対応する方法を見つけられなかった。頭をフル回転させ何度もトライしてもダメだった。
だからミュンヘンのオクトーバーフェスト行きをキャンセルして、解決策を考えることにした。
選手たちが代表へ行っているこの10日間は、自分たちが何をうまくできているか、何ができていないかを振り返るのにとても良い時間を過ごすことができた。
基本に立ち返り、ゲームをコントロールしなければならない。中盤に4人を置いて、ボールを使って相手を動かすことだ」
そう語る彼を横目にクリスティーナは「恋人たちのディナーはここまで。今夜はサッカーディナー……」と、でも言うような意味ありげな眼差しで見守っていた。
そしてペップは、マンチェスターのメインショッピングストリートであるディーンズゲートには通行人が多すぎるため、これから彼のやろうとすることを詳しく説明できるようなもっと静かな場所、小さな通りを探したほうがいいと考えた。
見つけたのはブレイズンノーズ通りの、エイブラハム・リンカーンの銅像の隣。
彼が自分の新たな提案するプロジェクトに期待するすべてのこと、各選手に求める動き、ピッチの中央をどのように占め、同時に相手をいかにして混乱させ機能させないかを大空に広がるスケッチブックに描くのに適した場所だ。
「エヴァートン戦では[3―4―3]で戦うことに決めた。[3―2―2―3]のようなWMシステム的な形だ。中盤には4人。
レギュラー選手たちの多くは代表に行っているので、彼ら抜きでリハーサルをし、リザーブの若手選手たちとこの仕事に取り組んだだけだ。
明日には一軍のメンバーで11対11を試してみて、土曜日は[3―4―3]でスタートしてから事の成り行きを見ようと思う。
目的はゲームをコントロールすることと、とにかくパスをたくさん繋いで相手を動かすという基本に立ち返ることだ」
寒さの中、クリスティーナとロレスは夕食に行こうと訴えた。
ペップは近くの中華料理店「ウィングス」へ行くことを提案したが、そこへ向かう途中、彼は突然何か重要なことを思いだしたかのように私の腕を掴み、叫びそうなくらいに熱く語り始めた。
「聞いてくれ。ジェイドン・サンチョとブラヒム・ディアスのことはよく耳にする。確かにとても良い選手たちだ。すごくいい。
私も気に入っている。だが、もう1人……別の名前を覚えていてほしい。フィル・フォーデン。フォーデンという名前を覚えておいてくれ。
冗談ではなく、彼はとんでもない。私のチームで、すぐにプレーすることになるだろう。
実際、リーグカップの相手がマンチェスター・ユナイテッドでなければ、もうデビューさせていたはずだった。イングランド人選手だ。
非常にイングランド的で、左利きで、肌は白い。杖のようにスリムでO脚ではあるが、ボールキープはデラックスな高級感を感じさせるほどに見事で、素晴らしいプレービジョンを持っている。
フォーデン、この名前を忘れるな。獣のごとくすごいやつになる」
ウィングスでのディナーは実に美味だった。
(文:マルティ・ペラルナウ、訳:高野鉄平)
<書籍概要>
『神よ、ペップを救いたまえ。』
マルティ・ペラルナウ 著、イルヴィン孝次 監修、高野鉄平 訳
定価3,300円(本体3,000円+税)
歴史上最高の監督は、絶えず悩み、悶える――。最も近いジャーナリストしか赤裸々にできない怒涛の「人間ペップ本」
ペップ・グアルディオラに最も近いジャーナリスト、マルティ・ペラルナウによる『Herr Pep(和訳:ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう)』『Pep Guardiola. La metamorfosis(和訳:グアルディオラ総論)』に続くペップ三部作の完結編――。マンチェスター・シティの監督に就任した2016―17シーズンから三冠を達成する22―23シーズンまで、歴史上最高の監督が常に抱える懊悩と少しばかりの愉悦を、特別な立場から赤裸々にする。ペップが見せる浮き沈みの激しい「感情のジェットコースター」に乗車する準備はいいか――。
詳細はこちらから
【了】