伏線はあった。「あれで退場ですか」
「主審は見ていたらしいんですけど、かなり強く副審の方に蹴ったと言っていて、あと…」
審判批判につながりかねないと判断したのか。さらに言葉を続けようとした山川を、神戸の広報担当者が制止した。広報担当者の意図をくみ取った山川は「…やめておきますか」と次の質問を受けた。
あらためて映像を確認すると、トゥーレルが蹴ったボールは副審の正面へ転がっていった。そして、副審はそれをまたいでよけている。この行為を笠原主審は「乱暴な行為」と判断して一発退場を命じた。
伏線はあった。前半終了間際の45分。MF飯野七聖が2枚目のイエローカードを提示されて退場した。FW大迫勇也のスルーパスに反応してDF大南拓磨の前へ抜け出し、川崎陣地のペナルティーエリア内へ入るか、入らないかの地点で転倒した。しかし、笠原主審が警告の対象と判断したのは飯野だった。
自ら倒れてファウルを誘ったとして公式記録の警告理由には「C1」が、つまり「反スポーツ的行為」が記された。ただ、神戸としても納得できない。笠原主審に対して扇原貴宏やトゥーレルが詰め寄り、誰が言ったのかは不明だが、集音マイクは神戸の選手が「あれで退場ですか」と抗議する声を拾っている。
トゥーレルはその後もプレーが途切れた場面で笠原主審に詰め寄り、MF井手口陽介に制止されている。直後に笠原主審はトゥーレルに対して、両手で離れろといったジェスチャーをみせた。さらに前半が終わった後にも扇原やFW武藤嘉紀らと審判団に詰め寄り、このときは大迫や山川が仲裁に入っている。
一連の抗議もあり、笠原主審は副審へ向かってボールを蹴った行為を看過できないと判断したとみられる。それでも納得できないトゥーレルはピッチの外に出たあとも、インサイドで丁寧にキックするポーズを何度もみせている。つまりは憎しみもなければ、抗議する意思もなかったと言いたかったのだろう。
ただ、笠原主審としては自ら視認した、副審へ向けてボールを蹴ったという客観的な事象だけで判断した。そこには軽く蹴ったとするトゥーレルや神戸側の主観も含めた抗議が、入り込む余地はほとんどない。交信してきたVARも、笠原主審の判定に対して「はっきりとした、明白な間違いがない」と確認した。
しかし、神戸としては納得しがたかった。最終的には0−3で敗れた試合後の公式会見。吉田孝行監督は「今日はあまりしゃべるよりは…」と川崎戦を総括しながら、試合終了のあいさつ後にコーチ陣とともにピッチ内へ入り込み、審判団と話し込んだ理由を「異議ではない」と次のように説明している。