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「あとで聞いたら…」なでしこジャパン、浜野まいかを五輪に導いた“恩師”の助言。「鳥肌が立つ」準々決勝で再会へ【パリ五輪】

シリーズ:コラム text by 折原亘 photo by Getty Images

キャリアは順風満帆に思えたが…

 W杯には1試合に出場したものの、本大会直前の練習中に負傷していた左肩の手術の影響でその後は長期離脱を強いられ、ハンマルビーへの期限付き移籍の契約が解除となった。


 順風満帆に見えたサッカー人生だが、ここで挫折を経験することとなってしまった。パリ五輪のナイジェリア女子代表戦前日には五輪の舞台に立って「本当に幸せな気分」や「楽しみ」などの言葉を発していたが、大好きなサッカーができないことへのもどかしさが当時はあったことだろう。

 それでも浜野は懸命にリハビリを続けた。チェルシーでのリハビリ期間について浜野はこう振り返っている。

「メンタルの部分でやっぱり浮き沈みが激しかったなっていうのは思います。『なんでこんな時に?』っていうのはやっぱ思いましたけど、そう思ってても意味ないと分かってたし、そこから学ぶことっていうのがすごい多かったので、自分にとってはすごい大切な期間だったなって思います」と話すように、世界トップクラスのチームで試合に出るために辛い時期を乗り越えていった。

 チェルシーはUEFA女子チャンピオンズリーグ(UWCL)とカップ戦で勝ち残っていたことや、昨シーズン最終戦まで優勝争いをしていたこともあり、過密日程となっていた。加えてエースのサム・カーが負傷したこともあって、浜野にチャンスが訪れるようになった。

 イングランドの名門でのデビュー戦は昨年12月17日に行われたWSL第10節ブリストル・シティWFCとの試合。それまでトップチームの練習にも参加し、アカデミーでの試合でゴールを決めるなどアピールしていた浜野は初のベンチ入りを果たすと、チェルシーで背番号10を背負うイングランド女子代表FWローレン・ジェームズとの交代でピッチに立つことになった。

 デビュー戦ではフィジカルで劣るところはあったが、献身的な守備と持ち前の推進力でその存在感を発揮。当時チェルシー(現アメリカ女子代表監督)を率いていたエマ・ヘイズ監督はクラブ公式サイトで「イングランドでの試合に慣れる必要がある」と話しつつも、「彼女は才能のある選手」などと評価していた。

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