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「東欧最強クラブ」と呼ばれるウクライナのシャフタール・ドネツク。チーム関係者の膨大な証言を通して、知られざる流浪の英雄たちの戦いに光を当て、クラブの熱源に迫った『流浪の英雄たち シャフタール・ドネツクはサッカーをやめない』より「再び起こっている」を一部抜粋して公開する。(文:アンディ・ブラッセル、訳:高野鉄平 )
リーグ順位は永遠に凍結されてしまった
【写真:Getty Images】
ウインターブレイクを迎えたとき、チームはディナモを勝ち点2ポイントリードしていた。
中断前の最後の試合は2021年12月11日、オレクサンドリーヤにアウェーで2対1の勝利。だがそこから、リーグ順位は永遠に凍結されてしまった。
22年7月を迎えると、シャフタールはウクライナ・プレミアリーグの1位チームとしてチャンピオンズリーグ出場権を獲得したが、リーグタイトルが与えられることはなかった。
フォンセカも、カストロでさえも、クラブからは時間を与えられていた。
デ・ゼルビにも、クラブは時間を与えるつもりが十分にあると感じられた(たとえ就任当初の印象があれほどよくなかったとしても、おそらくそうなっていたことだろう)。しかし、現実世界がそれを許さなかった。
「このときのシャフタールは素晴らしいチームだった」と、彼は残念そうに言う。
ブライトンにやって来て、世界で最も裕福なリーグで充実した役職に就き、自らのやり方で王国を築き上げるチャンスと、世界中から注目される舞台で賢く進歩的な監督として尊敬を勝ち取るチャンスを手に入れようとも、後悔や未練の感覚は残っている。
今でもデ・ゼルビにとって大きな心残りであることは明らかだ。
「私のチームは多くの勝利を得られたかもしれないと思うし、戦い方や選手たちの優れた才能、そしてチャンピオンズリーグでどう戦えたかを考えれば、伝説になることもできたかもしれないと思う。素晴らしいチームだという感覚が……」。
明らかに彼は、母国語のイタリア語であっても言葉を見つけるのに苦労していた。彼はキーウで何かに触れたが、その何かに慣れ親しんで発展させるだけの本格的な時間は持てなかった。
「残念ながら、ほんのひとときだった。私が実際に指導をしていた時点では、あのチームがどれほど強かったかを実感する時間はあまりなかった。
チームを向上させるため、毎日賢明に取り組んでいた。今になってあのシャフタールのことを考えると、本当に悲しく感じる。私にとって、キャリア全体を通した中で経験した最も素晴らしいものになっていたかもしれないからだ」
そして、それは消え去ってしまった。使命を持ち理想を築き上げようとしていたが、現実世界の出来事に、しかも最悪の部類の出来事にひどく打ちのめされた。
あとは別ればかりが続いて、最後はほとんど何も残らなかった。特に、ジュニオール・モラエスまでもが去って行ったことの意味は本当に大きかった。
ブラジル生まれの彼は、トラブルが起きてもすぐに逃げ出そうとはしなかった。ウクライナの国と文化に完全に溶け込んでおり、ウクライナ国籍を取得して代表チームでも11試合に出場したほどだった。
そのジュニオール・モラエスは自身にとってすべてのスタート地点であったサンパウロ州の州都へと戻り、3月16日にコリンチャンスへ移籍することになった。
誰よりも勇敢で順応性の高い選手であり、助けを求める人々が身を寄せ合うホテル・オペラから、赤ん坊のオムツを手に入れるため飛び出していった男だ。
その彼までもが若手時代に慣れ親しんだ安全な土地への避難を必要としていたのであれば、他の者たちも同じだという明確なサインだった。すぐに事態が解決されないことは、誰もが心の奥底でわかっていた。少なくとも今のところは、多国籍チームの夢は終わってしまった。
(文:アンディ・ブラッセル、訳:高野鉄平 )
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<書籍概要>
『流浪の英雄たち シャフタール・ドネツクはサッカーをやめない』
アンディ・ブラッセル 著、高野鉄平 訳
定価2,420円(本体2,200円+税)
8年間で2つのホームを失ったウクライナ最強クラブの熱源
「東欧最強クラブ」と呼ばれて久しいウクライナのサッカークラブ、シャフタール・ドネツクは、2014年以来、ホームスタジアムでプレーしていない。同年4月にドンバス地方で戦闘が開始されると避難を余儀なくされ、22年2月にはロシア軍のウクライナ本格侵攻により再度の避難を強いられた。さらに主力選手の流出など、自らの姿を見つけだす必要に迫られる普通ではない状況の中、それでもシャフタールは普通にプレーし続けている。シャフタール関係者の膨大な証言を通して、知られざる流浪の英雄たちの戦いに光を当てる。
詳細はこちらから
【了】