「こう言うと語弊があるかもしれないけど…」
「高校を卒業して18歳で最初に加入したクラブで、もちろん愛着もあります。愛情を受けてこのクラブで育って海外へ行ったわけですけれども、移籍した際も可能ならば再び鹿島で、という思いはありましたし、海外でプレーしていた間も鹿島のことは常に気にかけて結果も追っていました」
ヨーロッパでは移籍期間を終えても、無所属選手は移籍が可能になる。引き続きヨーロッパで新天地を探すことも可能だったが、Jリーグの場合は無所属選手などを対象とした追加登録期間が8日で締め切られる。デッドラインが迫るなかで、オファーを出した鹿島への復帰を決めた。
最終的に下された柴崎の決断には、ひと早くセレッソへ復帰し、時間の経過とともに必要不可欠な存在となった香川も影響を与えたかもしれない。開幕直後こそベンチスタートが続いた香川は、チームでただ一人、リーグ戦で全27試合に出場。2168分のプレー時間は毎熊に次ぐ2位となっている。
さらに、キャプテンの清武弘嗣だけでなく、3人の副キャプテンも怪我などで先発に名を連ねない試合ではゲームキャプテンを託されている。上位をうかがうセレッソをけん引している香川は、約12年半ぶりの復帰を決めた直後の2月の記者会見でこんな言葉を残している。
「こう言うと語弊があるかもしれないけど、経験を還元すること、伝えることというのは正直、あまり考えていない。僕としては自分がいま持っているものを、日々のトレーニングを含めたピッチの上で発揮しながら証明し続ける。シンプルなことだからこそ、やり続けなければいけないと思っている」
ヨーロッパでも貫いたイズムを、古巣でも実践していく過程こそが最大のコミュニケーションとなる。柴崎もまた「経験を還元したい、とは思うが、それがすべてではない」と入団会見でこう語った。